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 喫茶・ヤマブキで、イチゴソーダフロートがメニューに復活したのは、店主である神崎洋二の孫娘、梓のお手柄だった。  昭和の残り香のような店がまだまだ点在している、うら寂れた商店街。  そのなかでもかなりの古株となるヤマブキは、景気のよかった頃にも店を大幅リニューアルするほどの稼ぎもなかった。  皮肉なもので、そうやって時代の波に乗り遅れ続けた結果、その古ぼけた店のたたずまいが、ここ最近になって昭和レトロの店だのなんだのともてはやされ、急に客が増え始めていた。  そしてその客のほとんどが頼むのが、件のイチゴソーダフロートだった。  鮮やかな色のサイダーと、アイスの上に乗せたイチゴが可愛いともっぱらの評判で、頼んだ若い女性は、ほとんどがそれを撮影してから飲む。  これは四十年ほど前、梓が生まれるずっと前に、いったんメニューからなくなったものだった。  しかし、仕事帰りに店を手伝いに来たときに、棚の奥から見つけた古いメニューに載っているのを見て、復活させたらどう、と提案したのだ。  そしてそれがタウン誌に取り上げられたり、誰かがSNSで宣伝してくれて、梓と同世代の若い女性の客が急に増えたというわけだ。  梓はこの結果に相当満足して、それ以来ほぼ毎日のように、仕事帰りに手伝いに寄るようになっていた。  洋二は突然華やいだ雰囲気になった店内に多少の戸惑いを覚えながらも、梓が来てからは接客は主に彼女に任せ、カウンターの奥でただ黙々と、常連客用のコーヒーをドリップする日々だった。 「あの奥の席、使わないの」  梓にそう訊かれたのは、とある休日の午後だった。  その日、仕事が休みの梓は、珍しく朝から店を手伝ってくれていた。  指さされた先に目をやった洋二は、首を振った。 「予約席だよ」 「予約の電話なんて、来たっけ?」 「いや。こっちが勝手にやってるだけだ。なにしろ、毎日ほぼ同じ時間に来てくれるからね」  衝立で仕切られているその席は、梓がいつも来る夕方には普通に使われていたので、そんな事情があるとは知らなかった。  自然、その席を意識しながら接客していたのだが、二時頃に品の良い着物姿の老婦人が、ドアベルをからん、と鳴らして入ってきた。  洋二に軽く会釈をし、いつものを、とだけ言うと、衝立の向こうの席につく。  馴染んだ手順、といった感じで、洋二がコーヒーとイチゴソーダフロートをすぐに用意して、運んで行った。  ただ不思議なことに、洋二は婦人の前にはイチゴソーダフロートだけを置き、コーヒーは対面の席の前に置いた。 「待ち合わせ? コーヒーなら、来た時出したほうがよくない?」  戻ってきたところで訊くと、洋二は頭を振った。 「あれは、亡くなった旦那さんのぶんなんだそうだ」 「え」 「若い頃、この店でよくデートしてたらしい。言われてみれば、なんとなく覚えている気もする」 「へえ」 「お前が言ったイチゴソーダフロートな。あれが想い出の飲み物だったそうで、メニューに復活してからは、ほぼ毎日来てくれるようになったんだよ」  その話を聞いて、不思議な気持ちになった。  この店が、そんな風に誰かの記念碑的な存在になっているのは、ちょっと意外だった。  それに子供の頃から慣れ親しんだ場所が、そんなふうに扱われているのが、自分の店でもないというのになんだか妙に鼻が高かった。  他の席では、学生らしき二人連れの女性たちが、軽やかな笑い声を上げながら、イチゴソーダフロートを撮っている。  まるでふたつの別世界が共存しているようで、梓にはそれも嬉しかった。
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