リスタート

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   リスタート                               眞城 しろ  時遡ること千年……。  突如地上に舞い降りた、脅威――。  奴らによって地上は四つに分断され、この国は壊滅の危機にさらされた。  人々は恐れおののき、憤りを覚え、しかし圧倒的な力の前に、なすすべもなかった。   だが、交渉も通じない龍とは敵対する運命にあることを悟り、龍を倒すべく組織を結成する。  各所からの精鋭が集められた、世界最高の騎士団。その名を――  黒龍騎士団。 「こちらがお約束のものです。」 「ご苦労。」  名だたる黒龍騎士団の騎士、そのタマゴを育てる騎士団直属の学園がある。学園内はきわめて広いが、その中でもかなり人目につきにくいところ、北棟の渡り廊下で、この密談は行われていた。  そして、その様子を柱の陰から見詰める者一人。今作の主人公、タカギリ・ヨウスケである。 「こいつ……まじか。」  相手に聞こえないようにしつつ、ヨウスケは思わずそうつぶやいてしまった。  何しろ、約束のものと言って怪しげな黒トランクを差し出している人物は、ヨウスケの同期なのである。しかも、あまり得意ではない……いや、率直に言えば嫌いな。理由ははっきりとわからないのだが、なんとなく、雰囲気が。  あのいやに目立つ金髪は、マヒルで間違いない。 「よし、きっちり指定の金額だ。」 「当然です、先生のおかげでたくさん昇進できましたから。感謝申し上げます。」 「何、君の父には世話になっている。試験結果をいじるくらい容易いことだ。」 「っ!」  はらわたがふつふつと煮えるような感覚をおぼえながら、ヨウスケは自分がマヒルを嫌いな理由に、すぐに合点がいった。  元より、ヨウスケという人間は、インチキやズルが大嫌いである。  この学園では、騎士になるための資質をはかる試験が三か月に一度実施されるが、その試験では階級というものが定められる。一から十二まであって、一が一番高い。そして、階級が一と二の者は、年・性別関係なく正式な騎士となれる。騎士団に入ってからは、さらにその上にも十二まである階級があり、頂点までの道は果てしない訳だが……それは今は置いておいて。  つまり階級は、人生を左右すると言っても過言ではないほど大切なもので、それを定める試験ももちろん大切である。だからヨウスケが、そういう人としてどうかと思うような行動を起こす人物を、好きになれる訳がないのだ。以前は雰囲気で伝わる程度のことしかわからなかったが、今日でそれを確信した。  そして、そんな現場を目撃して、黙っていられるようなヨウスケでもないのである。 「ちょっと待ったああああああ!!」 「お前……。」 「話は全て聞かせてもらったぜ!」  こめかみに手をあて、盛大に格好つけて登場した。二人が若干引き気味な顔をしたのは、見なかったことにする。 「前からどうもいけ好かない奴だと思っていたが、本当にいけ好かない奴だったとは。それに、先生。あなたも教師の立場としてどうなんですか、生徒の不正に加担するのは。はっはっはっ、二人とも処罰は免れないだろうな!」  とても主人公とは思えないような、完全に悪の手の者になっているヨウスケに、もはや二人はドン引き状態。もうどちらが不正を犯したのか、はたから見たら分からない。 「ふざけたことをぬかすんじゃない、タカギリ。私がそういうことをするように見えるかね。」 「見えるか見えないかの問題じゃない、俺は見たんです。この目で、たしかに!」 「その証拠は。」 「だから、俺がこの目ではっきり見たと……。」 「そんな証言、他者から見れば、お前が嘘を言っているとだって捉えられる。証拠としては不十分だ。」  しかし、この教師はあくまで冷静だった。まるで何度もこのような修羅場を潜り抜けてきたかのような……いや、確信のない発言はよそう。  まずい、と冷静な自分が言っている。でも、冷静な自分の声よりも、焦りの声が勝って、 「さ、さっきから黙ってるけど、お前は認めるのかよ、マヒル・コウ!」 とっさに、沈黙を貫いていたマヒルに話を振った。  すると彼は、わざとらしい微笑を浮かべた。 「先生と同じ意見だよ。僕は先生に進路相談にのっていただいていただけで、不正というのは言いがかりだ。」 「進路相談? はっ、笑わせる。この学園に入ったからには、進路は騎士一択だろ。どこに相談する必要があるんだよ。」 「君は授業で何を習ってきたのかな。黒龍学園の卒業生の九割は、たしかに君の言うように騎士になるが、騎士職につかない者だっている。仮に、騎士として騎士団に入っても、今度は属性ごとの分かれ道がある。相談する価値は十分にあると思うけど?」  こういう煽り合いになると、ヨウスケの勝ち目は薄い。正面からの殴り合いなら勝てるのだが。  さらにさらに焦りが募って、一歩後ずさる。それを見てか見ずか、頬に勝利の確信のしわを刻んだ年配の男教師は、とどめだといわんばかりに追い打ちをかける。 「これでわかったか、私とマヒルは無実だ。お前は我々が処罰を免れないと言ったが、どうだろうな。もしかしたら、罰が下されるのはそちらの方かもしれんな。」 「ええ、全く。清廉潔白な僕たちを疑ってくるのだから、罰を受けるのは当然のことですよ。」  こいつら……よくもまあ、恥ずかしげもなく口裏を合わせて。そして、それを口にできないのが悔しい。ちょっとでも毒づけば、十倍返しにされそうだ。崖っぷちに立たされてやっと、自分の冷静な声を聞いていられる余裕ができた。しかし、それに気付いて反撃の糸口を探るには、あまりにも遅すぎた。 「そっちの言い分はよくわかった。だが、それだって事実とは限らないよな! 俺は諦めない、必ずお前たちを白日の下にさらしてみせる!」  決まった――。  これが人並み、いやそれよりも少し、ナルシストの入った男、タカギリ・ヨウスケである。  またも二人にドン引きされるが、幸か不幸か調子に乗ったヨウスケが気付くことはない。  謎の完全勝利感を全身で味わっていると、首元に軽い衝撃があった。  視界に映る二人がだんだんかすんで、意識が遠のいて……。  あれ、これやばいんじゃね? そう思った時にはもう遅い。  そこでヨウスケの意識はぷつんと途切れた。  真っ先にひとみが映したのは白。  これはなんだ、とよく目をこらしてみると、人の顔のようにも見える茶色い染み。なんだか見覚えがある。  今度は視界を右にずらしてみる。また似たような白。  次は左。入学時に買ってもらったスクールバックが、ベッドの柵に立てかけてある。  そうか、ということはここは寮の寝室。ヨウスケのために用意された、シングルベッドの上だ。実家では四人兄弟で、自分だけの空間というものがあまりなく、寮に来て初めてそれを体験して、寮母が苦笑いする傍らで盛大に感動を味わった。今ではいい思い出だ。  むくりと上半身を起こす。倦怠感はない。いつも通りの朝なんだ。 「おかしいな、昨日何かあったはず……。」  普段はあまり使いたくない、ヨウスケの右脳をフル回転させて、昨日の記憶をよみがえらせると、 「あ! マヒル!」  マヒルと教師の密談を聞いてしまったこと、それによるとマヒルの昇進は全てズルだったこと、さらにヨウスケが口をはさんだ時しらばっくれられたこと、そしてその後意識が遠のいて……。 「結局どうなったんだっけ? やばい、記憶が全然ない……。これもあいつらの仕業なのか?」  間違ってはいない疑いをかけながら、ヨウスケは頭をひねる。しかし、朝から急激に脳を酷使したせいか襲ってきた、ひどい頭痛によって、一時思考は中断された。  ともかく起きよう、とベッドからおりて、シェアスペースへ。  男四人で共に過ごすこの空間は、実に朝から夜までうるさいのだが、今日はやけに静かだ。一人一人の部屋を回ってみても、誰もいないし、返事もない。もう先に学園に向かったのだろうか。  時計は七時二十五分をさしている。朝のホームルームが始まるのは八時で、四十五分にここを出ればそれに間に合うわけだから、別に寝坊というわけではなさそうだ。  それにもし寝坊だったとしても、毎朝なんだかんだ起こしに来てくれる、長男気質のタイガまで先に……というのは考えにくい。  考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。 「とりあえず……飯!」  腹が減っては戦ができぬ。食は、ヨウスケにとって、非常に優先順位が高いのである。  幸い、炊飯器に米は残っていたので器によそい、冷凍の唐揚げをレンチンして米の上にのせる。世界一簡単な唐揚げ丼の完成だ。 「いただきます。」  誰にともなくそう言って、箸をつける。  うまい。冷凍食品とはいえど、やはり唐揚げと米のコラボレーションはすさまじい。至高。 「……あいつら、ちゃんと飯食ったのかな。」  つい、らしくもない心配をしてしまう。  そもそも、四人の中の料理担当、レオがいるんだから、そのへんは全く心配ないはずだ。  あいつの作る料理は絶品、さすが料理人の息子。  ただ、他の家事に関してはてんでだめだ。そこをカバーするのが、俺の役目……とか言いたいところだけど、実際はユウジだ。  長男がタイガだったら、ユウジは第二の母。二人とも面倒見がいいことに変わりはないが、それがしっくりくる。ちなみにレオは天才肌の弟、ヨウスケはお笑い担当の弟。  二学年になって、この寮で四人で暮らすようになって、半年そこらだけど、なんだかんだうまく回せてたし、楽しくて、居心地がよかったし……。いつもこのスペースには誰かしらいて、ふざけ合ってて、だからなんか。 「…………なんか、寂しいな。って、何言ってんだ俺は!」  ボッと音を立てて顔がゆであがる。  何言ってんだ俺、本格的に何言ってんだ! これ、あいつらに聞かれてたら、絶対に笑われた。特にタイガ。  恥ずかしさと、なぜか溢れそうになる涙をごまかすように、残った唐揚げ丼をかきこんだ。   「よし、そろそろ出るか。」  ユウジがいないため今日は珍しく自分で洗い物をして、一通りいつもの面白味のない身支度をすると、時計の針は七時四十分前を示していた。  また誰に言うでもなく出発のあいさつをして、寮のドアノブをひねる。と。 「遅い。八分四十六秒の遅刻です。」  立っていた。男が。 「七時三十分には寮から出ているようにと、申しつけておいたはずなのに……もう既に七時三十八分五十秒を過ぎました。」  その男は、丁寧にセットされた白のまじる髪をなでつけ、金縁のメガネをくいっと上げて、仁王立ちしていた。といっても、身長もヨウスケより低くて小柄なためか、威圧感はない。それより、仕草の端々から漂う、うさん臭さが目立つ。  この学園に入って一年と半年。その中で感じてきた、上品な名門校というイメージが、今日と昨日で徐々に崩壊していく。  どこが名門だ。上品だ。こんな所、どこにでもあるちょっとした問題児校じゃないか。これから入学してくるであろう、全ての子どもたちに言いたい。期待するなよ、と。 「遅刻しておいてだんまりとは、いい度胸ですね。あまりにも、躾がなっていない!」 「なんで、俺の名前を……。」  聞きかけて、納得が言った。よく見ると、その男の襟には、黒い龍をあしらったバッジがついている。これは、黒龍学園の教師だという証である。教師であれば、名簿を見て知っているだとか、そういうことがあるだろう。ヨウスケの場合は、特に目立つから余計に。  しかし、この人ははじめて来る顔だ。ヨウスケは行動が活発で、色々なことに首をつっこむので、先生並びにほとんどの生徒の顔と名前を把握している。なのでこういうことは初だ。 「あの……失礼なんすけど、あなたはなんの先生なんですか?」 「遅れた上にだんまりして、その後はこちらを無視した一方的な質問! さらに感心しない。全く、二学年の教育はどうなっているんだか……。」  口の中でぶつぶつとお小言を唱えたあと、ごほんと咳ばらいをして、 「わたくしは、三学年の生活指導担当、サトウ・テツオと申します。担任や教科は特に持っておりません。」 と答えた。  なるほど……他学年で、しかも生活指導専門となれば、なかなか会う機会もないだろう。 「わかりました、それで、サトウ先生はどうしてここに?」 「かーっ、あなた、この期に及んでまだ状況を把握していないと?」  唐突に叫んで、せっかくの頭を乱していくサトウ先生。びっくりして、思わず身を引いた。  この人、すごい、テンションの差が。そして沸点が低い。  二学年の先生たちとはまるで雰囲気が違うから、そのギャップに思わず圧倒されてしまう。  サトウ先生はまたも、指導がなっていないだとか躾しなおすべきだとか、ぶつぶつと唱えた後、 「では、わたくしがわかりやすく、簡潔に! 説明してさしあげましょう。」 またもったいぶったようにメガネをくいくいと上げ下げして、横目でヨウスケをにらんだ。 「あ、はい。お願いします。」 「昨日の午後五時三十六分二十六秒」  細かっ。 「あなたは、同学年のマヒル・コウさんともめ事を起こしましたね?」 「あ!」 「心当たりがおありですか。それはそれはよかったです。そして、あなたから一方的に、彼に突っかかっていき、挙句にはその場にいらっしゃったカシモト先生まで巻き込んで、暴力をふるったとか。」  ……ん?  カシモト……は、たしかあのずる賢い教師の名前だ。そいつとマヒルに殴りかかった、俺が?  たちまちヨウスケの頭がクエスチョンで埋め尽くされる。 「ちょっと待ってください、悪いのは向こうです! マヒルが、先生にわいろを渡して昇進を……たしかに、突っかかったのは俺ですけど。でも、殴ってだっていません! 俺は無実だ!」 「言い訳はおよしなさい、見苦しい。それで今日は、二人ともお休みなんですよ。」 「は?」 「話によると、先生は右腕を打撲、マヒルさんにいたっては左腕の骨が折れているんですよ! それをよくも、無実だなんて、全く……。」  サトウ先生は、また一人言葉をこぼしながら、メガネと同じ色の懐中時計を取り出して、こんなに時間をくってしまったとぼやく。  たしかに、俺が話に割っていったのは事実だ。しかし、殴るわけがない。それも、マヒルに至っては骨折? あいつらピンピンしてたじゃないか。  どうやら先生たちには、嘘の報告がされているらしい。そして、そんなことをする奴らは決まっている。 「先生、サトウ先生、違います! みんなは騙されている。あいつらが、嘘を言って……。」 「お黙りなさい! あなたは恥にさらに恥を重ねる気ですか?」 「違うんだよ、話を――」 「聞こえませんでしたか、二度目はありませんよ。……さて、あなたの処分についてですが。」  だめだ、全く話を聞いてくれる気配がない。くそっ、どうすればいいんだ? 朝使った脳の反対側を、高速に回転させるが、解決策は導きだせそうにない。 「本来ならば、慰謝料を支払うべきところです。しかし、あなたには保護者にあたる大人がいない……という点を考慮して、お優しい二人が、慰謝料を払う必要はないとおっしゃってくださいました。大いに感謝すべきですよ、タカギリさん。」  誰がお優しいだ。悪魔の間違いだろ。 「ですが、それであなたの罪が赦されたわけではありません。この名門・黒龍学園の名を汚す行為をしてしまったこと、そしてそれを恥じず反省しないことを含めて――あなたを退学処分とします。」 「退……学。」 「というわけなので、タカギリさんは速やかに身支度を整えて、八時までには校門を越えること。よろしいですね?」  頭にもやがかかったみたいで、ひとみの映す世界がどこかぼやけていて……。ひどい頭痛がする中、ヨウスケは告げられた二文字をかみしめていた。  両親が自分に残してくれたもの。ヨウスケが入りたがっていた学園に入るための膨大な貯金と、騎士になってほしいという、今では三人の夢。それを無駄にすることはできない、しちゃいけない。  だが、実際に入ったこの学園は、自分が一年以上気が付かないほど、奥の奥でくすんでいた。ここに長くいたら、自分まで浸食されてしまうことを肌で感じる。いちゃいけない場所だと、本能が叫んでいる。  もしまだここに残れるチャンスがあるのなら、退学を取り消しにできるなら、試すべきなのだろうか。それとも――。  そして時は来た。  自分の覚悟と決意を示すべく、大きく、一歩踏み出して――、  学園の校門をまたいだ。 「お元気で。」  思ってもいなさそうな、サトウ先生の別れの挨拶を背中で聞いて、確かな足取りで進んでいく。  夢を捨てるわけじゃない、あいつらを赦して野放しにするわけでもない。むしろ逆だ。俺は、ヨウスケは、夢を叶えてマヒルたちを正当に裁くためにここを離れるのだ。  そしてここに戻ってくる。史上初の、学園を卒業せずになった、最高の騎士として。  今日からが俺のリスタート。              
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