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その小さなライブハウスは、駅前の繁華街から一本入った、夜はいかがわしいネオンで賑やかになる道筋の入り口にあった。昼間は意外に人通りが少なく、むしろ閑散としているので、ニッチなバンドのライブや小さなイベントをやるにはうってつけの場所と言えた。
「忌一 君、こっちこっち」
ライブハウス入り口に立っていた男が、待ち人に気づいて手を振る。
「多聞さん。待った?」
「いや、今さっき来たとこ……って、こういう会話は彼女とやりなよ」
「だって茜はこういう怖いの駄目だし」
「この前うちへ一緒に来た従妹の子? やっぱりあの子が彼女なんだ?」
そう言って多聞は、無精髭まみれのその口元をニヤニヤとさせる。
忌一の従妹である松原茜は、小咲不動産という小さな不動産会社に勤めており、取引先に多聞の住むマンションの管理会社があった。その管理会社経由で「夜中に変な音がするからどうにかして欲しい」という依頼が入り、茜と共に部屋を訪れたのが忌一と多聞の出会いだ。
「まだ彼女ではないけど」
「好きは好きなんだ? じゃあ誘えば良かったのに」
「だからこういう怪談とか駄目なんだって」
手にしているチケットには『稲沢淳一怪談ライブ』と書かれている。依頼報酬として多聞からこのチケットを二枚貰ったが、忌一が誘いたい茜はというと目に見えない類のものは全くの苦手で、怪談などもってのほかだった。
一方忌一はというと、別段興味があるわけではなかったが、せっかくチケットを貰ったし気の合う多聞ともう少し話したいという欲求もあって、「一緒に行ってもいいですか?」とお願いした次第だ。
「それより多聞さん、最近もしかして悪夢見てる?」
「え? 何でそれ知ってんの!?」
驚く多聞のモッサリとした頭に手を伸ばし、ピッタリと張り付いていた手の平サイズの目のないトカゲのような生き物を掴み取る。
「『夢かじり』が憑いてた」
「あぁ……また“異形”ってやつか。鳴いてくれれば俺にも存在がわかるんだけどなぁ……。ありがとう。本当忌一君の眼は凄いよな。それに最強のボディガードも付いてるし」
その言葉に、忌一の着ているジャケットの袖口からニュルンと鰻のような頭が飛び出し、瞬間的に首だけ大きな龍になると、忌一の手ごと夢かじりをパクッと口に含む。
彼は忌一の式神“龍蜷”である。しかしその姿と一部始終は、多聞には見えていない。
「でもこんなもん見えてたら、怖がりの茜ちゃんは嫌がるんじゃないの?」
「だから俺、昔から嫌われてるんスよ」
「それは……いろいろと大変だね」
どうフォローすべきかもわからず、多聞はとりあえず「中へ入ろうか」と、地下へ降りる階段へと促すのだった。
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