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9.悪魔の鏡
翌日の僕はその夜滉一さんとすることが気になって日の高いうちからそわそわして落ち着かなかった。
持ってきてもらったビスケットも喉を通らず、せっかく貰ったのに食が進まなかった。
悶々としていると、夕方頃にまたロットバルトが現れて僕を部屋へと連れ去った。
「なぁに?今日は食欲が無いから食べさせようとしても無駄だよ」
「ふん、それでなくても抜けてる奴が更にぼんやりしおって。どうした?王子様と今夜愛し合うと思うと何も手につかないとでもいうのか?」
「え!?なんでそれを知って……」
「なんでもお見通しだ。この鏡でな」
「何これ?」
僕はロットバルトが指差した先に置いてある鏡を見た。すると、映っているのはこの部屋の中ではなく別の部屋だった。
「うわ、なんだこれ。ん?これって誰の部屋?」
「さあ、どこだと思う」
見たところ普通のアパートの一室のようだ。淡いピンクのフリル付きクッション、毛足の長い白のラグマット、花柄のカーテンとベッドカバー。見たところおそらく女性の部屋だろう。
ーーー覗き見が趣味なのかこの悪魔……?
じーっと見ていると、ドアが開いて人が入ってきた。
「あっ。もしかして花織ちゃん?」
家主は母のスタジオで一緒に講師をしている花織ちゃんだった。同い年だが、性格はキツいし昔のクララ役の件があってからは僕に謎の対抗心を燃やしている子だ。
ちなみに姉はその後バレエを辞めてしまい、歌手になると言ってアイドル養成学校に通って昨年デビューして売れないアイドルをやってる。
元々目の敵にしていた姉が退いたので、バレエ界に残った僕を敵視しているのだろうか。
花織ちゃんは大人になっても背が伸びなかった。バレリーナとしてはちょっと身長が足りず、かと言ってそれを補うほど技術が高い訳でもなく……海外はもとより国内のバレエ団でもアンダーキャスト、つまり補欠役しか出来ず足の故障なども重なり脱退。
昔通っていたツテで今年から母のスタジオで講師として働くことになったのだった。
ーーー顔は可愛いんだけど、あの性格がなあ……
花織ちゃんは昔から滉一さんのことが好きで、現在も大ファンと言って憚らない。
僕と滉一さんが喋ってるとものすごい目つきで睨んでくるんだよね。
あれ?僕、なんとなく滉一さんと親しかったの思い出してきたかも……?
そうだ。白鳥の公演のため滉一さんが帰国して、母のスタジオに顔を出してくれて……僕と2人で話してたら花織ちゃんが遠巻きに睨んできて……
階段から落ちた日は会場でのリハーサルの後、僕たち2人が残って練習しようとしてたら花織ちゃん(彼女は白鳥のコールドバレエの1人として参加)がコーヒーでもどうぞと笑顔で差し入れてくれたんだった。
あれ?今日は優しいな~なんで思ったら……
と、過去を回想していると花織ちゃんの後ろから入ってきた意外な人物に目を奪われた。
「え!?なんで滉一さんが……!?」
男性が後ろから入ってきたので彼氏かなーなんて見てたら滉一さんじゃないか。
え?え?なんで?
2人、仲よかったの……?
僕がちょっと混乱しているとそれを見たロットバルトが笑いを噛み殺しながら言う。
「どうだ、面白いだろう」
「どういう事だ?もしかしてはじめからこのことを知ってたの?」
「この女はなかなか愉快だからちょっと観察しているのさ」
「そんな。滉一さん……」
バイだって言ってたし、付き合っていたはずの僕は脳死状態。まさか花織ちゃんに乗り換えちゃったってこと?
でも、それだと今夜滉一さんとエッチしても”身も心も結ばれる”ことにはならないんじゃ……
不安になって鏡にかぶりついているとロットバルトが芝居がかった仕草で僕の肩を抱いて言う。
「おお、オデット。そんなに不安そうな顔をして……可哀想に。王子様はあのお姫様に心変わりしたかな?今夜本当に来てくれるだろうか?」
そして笑いながら僕の頬を撫でる。
「……やめてよ」
「ククク、実に愉快だねえ」
性格悪っ!もしかしていい奴かもなんで思ったのはやっぱり間違いだったみたいだ。こいつは僕たちのことを弄んで楽しんでるだけだ。
鏡に視線を戻すと滉一さんが言った。
『おい、直也から頼まれてたって物はどこだ?早く出してくれ』
頼まれた物?僕、花織ちゃんに何も頼んだ覚えはないけど……
『そんなこと言わずコーヒーでも飲んでってください。外は寒いですから』
『ちっ、今夜は用事があるからさっさとしてくれよ』
滉一さんは腕時計を気にしながら随分と苛立ってる様子だ。どうやら花織ちゃんとの仲は変に勘繰らなくても良さそうな雰囲気だった。
花織ちゃんはキッチンに引っ込んでしばらくしてからコーヒーを持って戻って来た。
そしてそれを飲んだ滉一さんの様子が徐々におかしくなってくる。
なんというか、まぶたが閉じてきて……頭がゆらゆらして、どうも眠そうだ。
あれ?まさか……
「ねえロットバルト!まさか花織ちゃんはまた……!?」
「御名答。あの女はまた薬を盛ったのさ」
「ええっ、なんてワンパターンなの?!」
「あの女、バレエのことで悩みすぎて一時期心療内科に通ってたんだ。そこで睡眠薬を貰っていてなぁ」
「え、ちょっと待ってよ。これってどうする気なの!?」
「さあ?見てのお楽しみだ」
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