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12.王子の再訪
ロットバルトの部屋に戻り、急いで鏡を見せてもらった。
ドキドキしながら見守っていると、滉一さんは部屋にガスが充満する前に目を覚ました。床を這うようにして玄関ドアの目張りを外して外へ出た。
「よかった…!」
おそらく花織ちゃんも助かっただろう。
これで僕の目的は達成された。
「ロットバルト、滉一さんを助けてくれたことには礼を言うよ。でも最後にあんなこと言いに来るなんて酷いじゃないか」
「白鳥の湖では黒鳥に結婚を申し込んだ王子の前で種明かしがあるだろう。それに倣っただけだ」
「滉一さんが僕のことを気にして人生台無しになっちゃったらあんたのせいだからな!」
「ふん、大丈夫さ。そんなにやわな男ではないだろう」
あんたに滉一さんの何がわかるっていうの!?
◇◇◇
ロットバルトが僕を自分の物にすると言っていたからてっきりやらしい事をされるんだろうと思っていたけど、その後彼は僕に触れては来なかった。
僕はというと、日中は相変わらず白鳥の姿で他の白鳥たちと湖を漂っていた。
そして夜になるとロットバルトと食事をするのが日課となった。
シタビラメのムニエルを食べながら僕はロットバルトに尋ねる。
「何もする気がないのになんで僕をここに残したの?」
「どうしたんだ急に。何かされたいって意味か?そうか、わかったぞ。欲求不満なんだろう」
「ち、違うよ!そういう意味じゃない」
「心配するな。お前に手を出す気はない」
「そうなの?」
悪魔はそれ以上は語らなかった。僕もなんとなくそれを聞いて安心し、ムニエルを平らげた。
食後に湖畔を散歩していると、森の中からパキパキと小枝が折れる音がした。
僕は驚いて身構えた。何かがこちらに近づいてくる。
まさか、野犬だろうか?今は白鳥じゃないから飛んで逃げることができない。
向こうに気づかれないようにジリジリと後ずさる。
すると声を掛けられた。
「直也」
え……?この声って……まさか……
「滉一さん……?」
姿を現したのは普段着の滉一さんだった。
「なんで?どうしてここに戻ってきたの!?」
どういうこと?もうここには来られないはずじゃ?
僕が混乱していると、滉一さんの後ろからもう1人の男性が顔を出した。いや、女性だろうか。性別がはっきりしないがすごく美しい人だった。
まるで天使みたいに。
「やあやあ!柾木直也!やっと会えたな」
「え?誰?」
僕のこと知ってるの?
しかも声を聞く限り男性らしい。見た目が物凄く上品で美しいのに、喋ると随分がさつな印象だ。
あれ?そういえばなんだか聞き覚えある声だな。
「なんだよ、冷たいやつだな。俺を忘れたのか?2階席からここにいる王子様を一緒に見た仲じゃないか」
「あ……!まさかあなたはここに僕を送り込んだ……」
「そうだよ、やっと思い出したか兄弟」
ーーー誰が兄弟だよ。
「で?あいつはどこだ」
「あいつって?」
「あいつだよ、えーっとなんだっけ今の名前は……ロットバルトか」
それなら屋敷だよと言おうとしてその前に別の声が答えた。
「私はここだ。お前が顔を出すとは珍しいじゃないか。一体何の用だ?」
「ああ、いたいた。ちょっと資料の手違いでね。この柾木直也は今死ぬと困るんで取り返しに来た」
「何?こいつは私が頂いたんだぞ」
「あーだめだめ、神が怒っちゃうからとっとと返してくれ」
「どういうことだ?」
「こいつの正体は実は神のお気に入りでね。神の妻に見つかったら浮気だと怒られるから魂レベルを低く改ざんして記録させてたんだってさ。それでこんなところに来ちゃったわけだけどこの子死んだら神様悲しむからね」
「なんだと……ふん、そういうことか。やけに魂レベルが低くて奇妙だと思ったんだ」
ーーーえ、なにそれ?
「よし、じゃあ行くぞ柾木直也。王子様がお前のこと連れ戻したくて俺に泣きついてきたからこの手違いがわかったんだ。よかったな」
「え?そうなの?」
滉一さんは頷いて僕の手を取った。
「行こう直也」
え?これってもしかして僕も助かるって話?
するとロットバルトが僕ではなく滉一さんを引き止めた。
「待て、滉一」
「……?」
「千代子にロベルトがよろしくと言っていたと伝えてくれ」
「え?千代子って……どうして祖母の名を?」
「ついこの間まで千代子と私は一緒に踊っていたのさ」
ーーーはぁ?!
千代子さんというのは高杉バレエカンパニーの創始者で、滉一さんのおばあちゃんだ。
もう隠居しているけどまだまだご健在だった。
「え、ちょっとロットバルトそれどういうこと?!」
「私はバレエファンでね。1800年代後半にはピョートルととても仲の良いお友達だったんだ。ロットバルトのモデルは私だよ。ククク」
「は……?」
どうやらピョートルというのはチャイコフスキーのことらしい。
白鳥の湖の作曲者とかつて友人関係にあり、ロットバルトのモデルが自分であるとこの悪魔は言っているのだ。
そんなばかな?
「おーい、カビ臭い思い出話はもうそれくらいにして柾木直也を連れ帰るぞ。いいな」
「わかったよ、仕方がないな。直也、くれぐれも滉一に迷惑はかけるなよ」
「え?なに?」
「私はお前に興味はない。千代子の孫滉一の恋人がお前のような魂レベルの低い男だったから面白くなかったのだ」
ええ……?ひっど!!!
僕、悪魔の体液まで飲まされたのに!?目的は滉一さんの方だったのかよ!
「周りにもっと魅力的なプリマドンナが大勢いるのになんだってこんなのが良いのか不思議だったが、先日のグラン・パ・ド・ドゥは悪くなかったぞ。もっとちゃんと踊ることだな」
別れ際にさくっと貶されたけど……とりあえず僕は助かることになったらしく、滉一さんと手をつないで謎の声の主と共に森の中へ入った。
森の向こうに光のトンネルのようなものが見え、僕達はそこへ向かって歩き出した。
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