6.アントワープの記憶

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6.アントワープの記憶

この夜もジークフリートの衣装で滉一さんが現れた。 今夜は昨日とは違う色の衣装だった。白も良かったけど、紺色も似合うな。 僕と違って滉一さんの身長は184cmもあり、タイツを履いた太腿も筋肉でパンパンになっている。肩幅も広く胸板も厚くて舞台映えする体型だ。羨ましい。 「食べ物持ってきたけどこれで良いのかな」 滉一さんが持ってきてくれたのはバナナとりんごとナッツバー、そしてチョコレートだった。 これなら数日持ちそうだ。 「ありがとう。すごく助かる!」 他の白鳥たちをよくよく観察していると、水草や虫を食べているようだった。だけど僕はいくら空腹でもどうしてもそれらを食べることができなかった。 ロットバルトが今日みたいに気紛れで食事させてくれれば食べ物にあり付けるけど、毎日食べさせてもらえるかはわからない。 常温で保存できるフルーツやナッツバーはありがたかった。 僕たちはまた木の下に座って話し始めた。 「昨日は話が途中で終わってたけど、直也はアントワープでの事はどれくらい覚えてるんだ?」 「えっと……僕はあの年の夏休み滉一さんの口利きで夏期講習に参加できて……」 各国から集まった若い受講生たち。韓国人や中国人などのアジア系もいれば、アメリカや南米から来た子もいた。 ーーーなんか話してるうちに思い出してきたぞ! 皆やる気に満ち溢れている中、僕だけダンサー志望でもなく母親の指示で仕方なく参加していた。 自己主張の激しい若者の中で僕は大人しくて異質だった。そんな僕をからかおうとしたのか、東洋人の男が珍しくて手を出したくなったのか知らないが金髪碧眼の女の子に誘われてある晩一緒にお酒を飲んだ。ベルギーでは16歳からお酒が飲める。ビアカフェでビールを飲んだ後、彼女の部屋に連れ込まれた。寮の2人部屋だったが、同室の子は帰ってこないから安心しろと言って彼女は鍵を掛けた。 僕は当然ながら女性経験が全く無く、彼女にされるがままだった。触れと言われて胸を揉まされ、細く見えたけどやはり女性なんだなと思った。そして彼女にいきなり性器を咥えられ、熱を持ったソレをさあ入れるぞとなった時……僕の分身は萎えてしまった。 酒と欲望で昂っていた彼女の表情がスッと冷めて僕を白けた目で見た。 僕はすごすごと自室に戻った。 ここまで話して恥ずかしくなり晃一さんを見ると彼は真顔で言った。 「知ってるよ」 「え!知ってたんですか!?」 「当たり前だろう。その後お前は俺の部屋に来たんだから」 え?嘘……。 「ぼ、僕の記憶では自分の部屋に帰ったと……」 「違うね。酔っ払ったお前が俺に電話してきたんだ。驚いたよ。その時友達が部屋に来ていたのにそいつを帰してお前を迎えに行ったんだぞ。なのにそれも忘れたって言うのか?」 覚えてない……なんで滉一さんのことだけ思い出せないんだろう。僕は額に手を当てた。やっぱり考えても思い出せない。 「それからどうしたか教えてやろうか?」 「え……?どうしたっていうんです?」 もしかして吐いて大惨事とか?慣れないお酒なんて調子に乗って飲んだから…… 「俺と寝た」 ーーーーーは? 「あ……僕が滉一さんの部屋で寝ちゃったってことですか」 「馬鹿か。セックスしたってことだよ」 嘘だ。 「いやいや、冗談はやめ……」 「本当だよ。まさか何もかも忘れているとはね」 「だって、え?僕……僕は童貞で……え?」 「はは!童貞ではあるかもしれないが処女ではないな」 滉一さんは快活に笑った。 なんだって?じゃあ、このゲームで処女を捨てると思ったらそうじゃないってこと?しかも王子役の滉一さんと既に寝たことがある? え、何それじゃあもうクリアしたも同然なんじゃ…… ちがうか、愛し合わないとだめなのか。 ーーーいやいやそういう問題じゃない。 「直也が女の子と出来なくて泣きついてきたから、男ならできるのかって俺が聞いたんだ」 「はぁ……?」 「お前は試してみてくれと言ったよ。俺はお前に腹を立ててた反面、見た目は好みだったから美味しく頂いたまでだ」 「そ、そんな……!」 それってつまり僕から誘ったってこと? え、しかもそれを忘れてるとかヤバすぎでは……?? ん?待てよ。じゃあ滉一さんって…… 「滉一さんて男が好きなの?」 「どうかな。女とも付き合ってたからバイだろうな」 何なんだ?ロットバルトはこのこと知ってたのか? このゲームどうなってるんだよ…… 「なぁ、直也。まさか今回の白鳥の湖でリハーサルに参加してたことも忘れたのか?」 「いえ、さすがにそれは覚えてますよ。留学の時のことが特にぼんやりして記憶があやふやなだけで……」 「それじゃあ、俺とのその後は?」 「その後って?」 「アントワープで寝た後」 「え、あ、すいません。よく……覚えてません……」 僕は申し訳なくてうつむいた。目の前の草木に少しずつ光が差しはじめている。 また夜明けが近づいてきた。 「滉一さん、続きはまた明日の夜に!」 「え?もうそんな時間か」 滉一さんは帰っていき、僕は混乱したまま朝日を浴びて白鳥に戻った。
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