170人が本棚に入れています
本棚に追加
8.白鳥の湖リハーサルの記憶
翌日も滉一さんはまた食料を調達してきてくれた。
「わー、ビスケット!ありがとう」
「なあ、この世界に食べ物は無いのか?」
「あ……うーんと、あるんだけど……食べれるかどうか悪魔、じゃない神様次第というか」
「そうか。無理するなよ。他に欲しい物はあるか?」
ーーーあなたからの愛と抱擁です!
なんて言えない。
僕は滉一さんのタイツの上からわかる股間の膨らみをチラッと見てから視線を引き剥がして微笑んだ。
「とりあえずはこれで大丈夫です」
2人で並んで腰掛けると滉一さんに白鳥の湖のリハーサルの時のことを聞かれた。
「それで?リハーサルのことはどこまで覚えてるんだ?」
「えーっと、この公演が決まって母さんのスタジオからも講師を参加させてくれって高杉先生(滉一さんのお母さん)から連絡があって…」
僕は記憶を辿りながら話し始めた。
高杉バレエカンパニー主催で、系列のスタジオの講師陣がキャスティングされた「白鳥の湖」の公演が決まった。
こんな講師がいますよ、是非通ってくださいという宣伝を兼ねた発表会みたいなものだ。
メインキャストにはゲストとして高杉先生の元教え子の中から各方面で活躍しているプロダンサーが呼ばれていた。ジークフリート王子役が滉一さんで、オデット/オディール役は有名バレエ団から外国人女性のダンサーが来日することになっていた。
僕は王子の成人を祝う友人役や、舞踏会を端っこに座って見てる貴族役を兼任していて今回は多少の振り付けがあるだけマシな方だった。
その公演の準備段階で、ある不測の事態が起きた。オデット役の女性ダンサーがリハーサルのため訪れるはずが、出国するのが延期になったというのだ。本番ギリギリまで来られないと言われ、リハーサルに支障が出た。仕方なく日本人の女性講師が代役を務めた。
しかし本来のオデット役は身長が172cmの大柄な女性のため、感覚が掴みにくいと滉一さんが言い一部のリフトを含むパドドゥ等で僕が代役を務めることになったのだ。
今思えば、ろくに知らない男性講師をオデットの代役に指名するのはおかしい。元々親しくて、僕がある程度オデットを踊れると滉一さんは知ってたということか。
ーーーそう、僕は踊れたのだ。
来日予定の女性ダンサーの過去の映像を見て、密かに振付けとダンスの癖を覚えていた。
「お前の記憶ではそうなってるのか。直也……俺たちは皆とのリハーサルの後に個人的に残ってパドドゥの練習をしてたんだよ」
「え、それって2人きりでってことですか?」
「そうだ。思い出したくなくて忘れているのかもしれないから言いにくいけど、俺たちは……付き合ってた」
「付き合ってたぁ?!」
は……?一回寝たとかいう一夜限りの関係じゃないの?
「それってつまり恋人同士ってこと?」
「そういうことだ」
えーと、僕たちまさかの恋人でした?
じゃあこのゲームってなんなの?
僕が頭を打って記憶を無くしてるから滉一さんのことを思い出せるようにしてくれたとか……?最初の謎の声は神も悪魔も同じだとか言ってたし。ただのいい奴……?
「ごめんな。お前、あの日はなぜかすごく眠そうだったのにリハーサルの後無理に付き合わせて」
「あ……いやそれは……」
謎の声いわくそれは花織ちゃんが僕のコーヒーに睡眠薬を入れたからなんだよね。
「帰る時階段でふらついたお前を俺は助けようとしたんだけど間に合わなくて……しかもお前は俺を庇ってくれた。お陰で俺はちょっとした打身程度で済んだんだ」
「そっか。滉一さんが無事がどうかだけが気になってたから怪我が酷くなくて安心しました」
そういやただの他人なんだとしたら怪我が無くてこんなに安心するのも不思議な話だよね。
咄嗟に頭を抱えて庇ったのは、母さんや高杉先生が困るからだと思い込んでたけど彼が恋人だったからなのか。
ってことは、最初から僕は滉一さんと愛し合ってるって事?
じゃあもうあとはエッチすれば良いだけってことじゃない?
よし、この際はっきり包み隠さずお願いするしかない!もう時間がないんだ。
「あの、僕たち元々恋人同士だったんですよね」
「そうだよ」
「お願いがあるんですけど……」
「なんだ?なんでも聞くぞ」
滉一さんが身を乗り出してきた。
王子顔のイケメンが真顔で見つめてくる。
「変なこと言いますけど良いですか?」
「ああ。俺とお前の仲だ。なんでも言ってくれ」
「あのー、悪魔に言われたんですけど……僕が生き返るにはここで王子様に出会って……」
「出会って?」
「えーと愛し合って……」
「愛し合って?」
僕は少し言い淀んだが時間も無い。
もう言うしかない!
「あの……え、えっち……すれば呪いが解けるって……」
「え?セックスするってことか?」
「はい……」
「ここで?」
滉一さんは地面を指差した。
「……たぶん」
僕は恥ずかしくて顔を背けた。
付き合ってるらしいけどその記憶は無く、知人程度の認識のイケメンにエッチしてくれと申し出る気まずさたるや……
あー恥ずかしくて死にたい!もう本体は脳死してるけど!
「なんだそんなことか。なんでもっと早く言ってくれなかったんだ?よし、すぐにやろう」
ーーーへ?
滉一さんは僕を地面に押し倒した。
「えっ、あ、今!?」
「今やらなくていつやるんだ」
「んむっ」
いきなりディープキス!からの手でどこ触ってるのーー!!
「あ、ま、待って!」
僕は滉一さんの背中をバンバン叩いた。もう夜明けが近い。
このまま途中で白鳥に戻るとか洒落にならないよ。
「なんだ?早くしよう」
「んんっ!」
首を舐められた。
「ダメですって!今日はもう時間がないから明日また来て下さい」
「え?もうそんな時間か。わかった。じゃあまた明日来るよ」
「お、お願いします」
「ああ。直也、愛してる」
軽くキスされ微笑まれた。
ひーーー!なんだこれ恥ずかしい!
この人って恋人にはこんなに甘いのか……
僕の記憶ではレッスン中はいつも厳しくてイライラしてる印象が強かったから意外だった。
最初のコメントを投稿しよう!