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0.序幕
僕は2階席からステージを見下ろしていた。
オーケストラピットに指揮者が現れ、哀愁を帯びたオーボエの演奏が始まる。しばらくは幕が降りたまま沈鬱な曲が流れ、段々曲調が軽快になっていき華やかなメロディと共に幕が開く。
明るい舞台の上で貴族の衣装を身に纏った男性ダンサーが優雅に舞う。王子の友人たちが王宮の庭園で、成人した王子を祝っている情景だ。
その後美しい女性ダンサー達が現れ、次に道化師が面白おかしく登場した。
そして遂に凛々しい王子の姿が現れた。
「ああ、無事だったんだ…」
僕は王子役の高杉滉一が無事に本番の舞台に立てたことに安堵した。
階段から落ちたときに咄嗟に彼の頭を抱えたがその後自分も意識を失ったため彼の安否がわからなかったのだ。
「あれ?そういや僕の身体どこも痛くないな…ん?ていうか、え?僕の体はどこ……?」
「オイ」
「あ、すみません。声に出てたのか。公演中なのにうるさく喋ってごめんなさい」
「それは大丈夫だ、生きてる人間には聴こえていない」
周りを見回すと確かに誰も僕の声に反応していなかった。
ーーーん?生きてる人間には?
声の主を見ようとするが、姿が見えない。
ーーーどこから声が?
「俺もお前も実体はここに無い」
「は……?あの、あなたは誰です?」
「神だ。もしくはお前たち風に言うと悪魔かな。まぁどちらでも同じだ、呼び方が違うだけでな」
うわぁ。やばい人かな?何言ってるかわからない…
「わからなくて結構。柾木直也、貴様生き返りたいか?」
「えっ、喋ってないのに。心読まれた?ていうかなんで僕の名前を?」
「だから俺はお前の思考そのまま読み取って喋ってるんだよ。人の話を聞け」
「はぁ……」
「で?生き返りたいのかって聞いてるんだ」
「え、僕死んだってこと?」
「正確にはまだ体は生きてるが、脳死状態ってとこだ」
ああ……僕、やっぱ階段から落ちて頭を打って死んだのか。
「お前は良い行いをしたからな。特別にゲームで勝てたら生き返らせてやろう」
「はぁ、そうですか」
「うーん、お前見た目も中身もぼけっとしてるなぁ。まぁいい。とにかく、ゲームに勝てば脳死から復活させてやる」
「無傷で?脊椎損傷で歩けないとかだと困るんだけど……一応ダンス講師の端くれとして」
「あー、わかってる。ちゃんと踊れるようにして返してやる」
「本当?じゃあ乗った!どんなゲームか知らないけど」
「よし!そう来なくちゃ」
「でも、僕のやった良き行いって何?」
僕何か良いことしたっけ?
「それはな、あそこで踊ってる王子役を助けたことさ」
「え、それだけ?」
「ああ。あいつはお前みたいな凡人とは違って魂レベルが高くてな。将来有望な重要人物で、ある神のお気に入りなんだ。だが本当は一昨日死ぬ運命だった」
「えー!そうなんだ」
さすが世界の高杉晃一。見た目からして王子様みたいだけど神様のお気に入りとはね。
「だから、彼を助けたお前は復活のチャンスを貰えることになった」
「へー……」
単にこの公演に出てもらわないと主催者である母が困ると思って咄嗟に庇っただけなんだけど。
ていうかそもそも彼が階段から落ちたのは僕を助けようとしてくれたせいだしな。
「違う違う。階段から落ちたのはお前のせいじゃない」
「え?そうなの?」
「お前はあの日睡眠薬を盛られてたんだよ、あの女に」
「あの女?」
「王子にガチ恋の花織にな」
えー……マジで?
花織ちゃんは母のバレエスタジオで僕と共に講師をやっている子だ。彼女は高杉晃一の熱烈なファンで、ちょっとヤンデレ入ってるとは思ってたけど仮にも雇い主の息子に睡眠薬盛るとかすごいな……
「リハーサル前にコーヒー貰っただろ、あれだ」
「ああ、どうりでおかしいと思ったんだ。前まですっごい睨まれてたのに急にリハ前に優しくなったから。花織ちゃん僕のこと好きになったのかと思っちゃった」
なんだよ、睡眠薬盛られてただけかぁ。
「お前がモテるわけないだろう、分をわきまえろ」
「そうだよね。僕は村人役くらいしかできない凡人だもんね」
でも村人だってバカにできないんだぞ。村人あってのプリマなんだから。
「それじゃあもう時間だから飛ばすぞ」
「え?飛ばす?どこに?」
「目が覚めてのお楽しみ。ルールは起きてから説明するから」
「あ、待って。あなたの名前は?」
「簡単に名前を教えるわけないだろう。ただし、行く先に待ってる悪魔の名前はロットバルトにしておこう」
ああ、悪魔ロットバルトか。お馴染みの名前だ。
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