復カツの儀式

4/5
前へ
/5ページ
次へ
 5か月も前の週刊少年漫画誌をボーっと読んでいたら、お待ちかねの品が出てきた。おばちゃんが『おまっせぇ』と言いながら、私の前にドカンとお盆を置く。  完璧だ――。あまりに整いすぎたフォルムに、ホウと息が漏れてしまう。  青磁の器にご飯がドン。その上に卵とじのカツがボン。今さら見てくれなんて気にしたってしょうがない盛り付けなのに、お情け程度の三つ葉がパラリ。これだ。カツ丼はこれでいいんだ。気取らない見た目と、ちょっとしたオシャレ。カツ丼はいつだって、私の憧れだ。  震える手で割り箸を割ったら大失敗して、長さが歪になってしまった。落ち着け、落ち着け。お盆の上で箸をトントンと叩いて整えてから、目の前の天国に手を付ける。  カツは右から順に取ると決めている。箸を入れてみると、ふわりと湯気が立った。鰹ダシの芳醇な香りが鼻をくすぐる。同時に、衣がダシを吸った分厚いカツが、しっとりと私を出迎えてくれた。  もう待てない、我慢ができない。生唾を呑み込んでから、切り身のカツを一気に口に放り込む。クソ熱い。ヒーヒー悶絶しながら噛み締める。  柔らかくて、甘くて、絶妙な塩加減で。暴力的な旨味が私の脳みそを掴んで揺らす。たまらず、カツの下のご飯で追いかける。ダシと油を纏ったご飯が口いっぱいに広がる。快楽物質がドバドバ出てくる。あぁ、ここが天国ですか。  あとはもう、衝動に身を任せるだけである。丼を持ち上げて、一気、一気、一気。ただ我武者羅に、ただ無我夢中で。口に幸福を、腹に満足を。これでもか、これでもかと押し込めていく。  一方で、緻密さも必要だ。右から食べ進めるのは忘れない。付け合わせのスープをすするタイミングも、漬物をかじる頃合いも、バッチリ計算しておく。恥と外聞を投げ捨てても、美学だけは投げ捨ててはいけない。  至高の一杯に、至高の食べっぷりで応える。これが私のプライド。これが私の生きる理由。  ――これが私の、大切な『儀式』。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加