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最高の時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。目の前にあった楽園はすべて胃に収まった。
儀式の最後に、お冷を一気に飲み干す。ただの水がこれだけ美味しく感じる瞬間が他にあるだろうか。どんなに高級なシャンパンも、どんなにこだわったコーヒーも、『カツ丼の後のお冷』には絶対勝てない。
しっかりと口の中を清めたら、素早くお会計。立つ鳥跡を濁さず、長居は無粋。今日も非の打ち所がない一杯を出してくれたこの聖地への敬意をこめて、千円札に両手を添えて渡す。片手で受け取ったおばちゃんは、とんでもなく素早い速度で400円を取り出し、私の手の上にポイと乗せる。
『まいど~』というおばちゃんの声と引き戸のキャーッという悲鳴を聞きながら、外に出る。1月の冷たい風が、すっかり熱を持った私の身体には心地よく感じられた。
「私、完全復カツ」
大声でそれを言ったとしても、この寂れた商店街では誰に聞かれることもない。なんなら、思いっきり背伸びもしてやろう。
カツで活力を取り戻した私は、再び歩き始める。自宅への道を。そして、戦場へ戻る道を――。
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