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「何考えているの?」
ソファに座ってぼうっと考えている俺に、少女が覗き込んでくる。
「また、目のことを考えていたのかしら?言ったでしょう、あなたの瞳はきれいだって。私の言うことが、信じられない?」
五年前から彼女の言うことは変わらない。だからこそ俺は少女のことを一番信用できると思っている。
わかってると返事をすると、彼女は安心したようなため息を吐いた。
そしてバタバタと慌ただしくキッチンに行ったかと思うと、何かを手に持って戻ってくる。
ああ、そういえばもうこの時期か。
五年前、二人であの研究所を脱走した日になると、毎年彼女は俺にケーキを作ってくれる。
きっと手先が器用なんだろうな。俺には一生かかっても真似できない。
「見て見て、今年もショートケーキを作ってみました!どう?美味しそうでしょ」
今年も彼女は俺の誕生日を祝う。
おめでとうと言いながら、いちごの乗ったショートケーキと一緒に。
けれど今回は、俺もカスミに渡したいものがあるのである。
ケーキを受け取って、いつもと違って何も言わず机の上に置く。
「ちょっとこっちに来て」
自室に向かう俺に彼女は不思議そうにしながらも着いてくる。
自室のデスクの上に置いていたそれを手早く掴むと、彼女の目の前に、それを差し出した。
かすみの目の前にあるのは、一輪の花。
「料理は苦手なんだ、手作りとかじゃなくて買ったものだが、許してくれ」
「……、」
言葉を失っている彼女に、明瞭な声でこう言った。
「誕生日おめでとう、カスミ」
差し出された花を、小さな震える手がゆっくりと伸びていく。ユリの花を握りしめている彼女の頬は、赤く色付いていた。
ふと、数年前のことを思い出す。
自分の瞳が忌々しくて、フォークで眼球を抉ろうとしたあの日のこと。
息を切らしている俺を安心させるために少女は寄り添ってくれた。
あの日、俺の手を包み込んでくれた彼女の両手も、同じように震えていたと。
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