02.日常の特別な彩り

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02.日常の特別な彩り

 それに加えて、チャーハンという言い方ではなく「焼き飯」という表現が良い。ご飯や具材が少し焦げた部分が、またなんとも言えない香ばしさと味わいを醸し出していた、まさに「焼き飯」と呼ぶにふさわしい正直で実直な名前。  あの店が閉店してから、僕も恋人も何度かあの焼き飯を再現しようと試みた。けれど、いつもまったく別の焼き飯ができるばかり。 「やっぱりあの店の焼き飯は特別だよね」  そんなふうに僕たちはそのたびに、これはしょうがないと顔を見合わせた。  もちろん、僕たちの作った焼き飯だってまずいわけでもないけれど、いつも何かが決定的に欠けていた。あるいはあの店の焼き飯からは遠く隔たった焼き飯とも言えるだろう。天国に届くハシゴどころか、床から二段ばかり高いところへ上がって終わり、みたいな。  そりゃプロの料理人が作るものとアマチュアの作るものとは違うのは当然だけれど。  だからこそ、僕たちではたどり着けない場所にある特別な食べ物として、あの店の焼き飯は僕たちの中に位置付けられていたのである。ささやかな幸福の象徴として。日常の特別な彩りとして。 「あのお店の人、今ごろどこでどうしてるんだろうね」  せっかくのお店を閉店せざるを得ない店主の心のうちを思うと、僕の心も沈んだ。ちょうど今のような、重苦しくて暗い冬のくもり空のように。それは僕たちを頭から抑えつけ、寒さに身をすくめさせた。抑圧が人々からわずかな希望さえも奪い取るように。 「どうしてるんだろうなあ……」  僕の短いつぶやきも、重苦しいくもり空のどこかへと消える。
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