すずらんリバイバル

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 2日後の日曜日に社長から連絡があり、美紙は延長を希望してくれているが、急遽仕事で3週間、家を不在にするため、来月から再開することになったと伝えられた。  美紙は良伸を専属で指名し、2.5倍の料金を払うから1週間に4日、午前か午後、美紙の都合に合わせて来てほしいとのことだ、と伝えてきた社長はとてもうれしそうだった。  それからの3週間は、事務所で事務作業を手伝ったり、単発の依頼を引き受けたりした。  社長や先輩と同じ現場になったときにはより一層よく見てその技を学ぼうと思い、休日には新しいレシピ本を買って初めての料理を作ってみたりして、美紙と出会う前とは日々の密度がまるで違っていた。  とりとめのない不安は小さくなり、身体の中で木が根を張ってぐんぐんと育っているかのように腹が減った。  5月になり、久しぶりに美紙の家に向かった。  桜の木は、とうに花を散らして青々としていた。  玄関のインターホンを鳴らす。すぐに近づいてくる足音が聞こえた。 「やあ、待ってたよ」  美紙が玄関ドアを勢いよく開けた。  初めて会った日の記憶が急激に思い出された。美紙の見た目はかなり変わっていた。  長めの髪は一つにまとめられ、血色の良い肌がつやつやと日光を反射している。眼鏡の奥の目は大きく見開かれてきらきらしている。  爽やかな風が吹いて美紙が持っていた紙が舞い落ちた。 「あっ」  美紙は落ちた紙ではなく、良伸の足元の方を指さして声を上げた。 「咲いてる!」  玄関横の溝に植わる表面がつるつるで尖った形の葉の中に小さいベルのような白い花がころんころんと咲いていた。 「すずらん復活した!」  興奮した様子でしゃがみ込んだ美紙が花を見つめて語り始めた。 「2年くらい前に仕事を手伝ってくれていた人が出て行っちゃってさ。花が好きな子でいろいろ植えてくれていたんだけど1年もしない内にほとんど枯れて、すずらんも去年は咲かなかったんだよ」  「すごくうれしい」と、美紙は笑って立ち上がった。 「僕も復活した。すごくいい出会いもあった。編集の子の言うことを聞いて便利屋さんに依頼した自分を褒めてやりたい」  美紙が手を差し出した。 「吉河君、今日からよろしくね。君と話すと力が湧いてくる」  美紙の勢いに固まっていた良伸は、その言葉で一歩足を踏み出し、美紙の手を握った。  期待と新たな不安が良伸の中で渦巻いているものの、それは栄養分が溶け込んだ水のようなもので良伸を成長させてくれそうだった。
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