ティム・ゴッガーの帰宅

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「『彼』の記憶を、ぼくに上書きしたな。パーマー中佐」  パーマーは、カルテからゆっくりと顔を上げた。 「何だって?」 「あの羽虫から回収した記憶だよ。ティムが手に入れた情報が入っている」  ぼくはカウチから起き上がり、右手の人差し指でこめかみを叩いて見せた。 「情報は暗号化されていた。解凍には鍵になるコードが必要だが、それを羽虫は持ち帰らなかった。だからバックアップであるぼくに記憶を移植して、思い出させようとしたんだ」  パーマーはカルテを机の上に置いた。体ごと振り返った彼は、これまで医師のふりをしていたのが滑稽に思えるほど、軍人にしか見えなくなっていた。 「パーマー、なぜだ? どうして直接ぼくの協力を頼まなかった?」 「君がもう民間人だからだ。機密を漏らすわけにはいかない」 「よく言う。機密だらけの情報を上書きしたくせに。……それとも、必要な情報を抜き出したらぼくを殺すつもりだったのか?」  パーマーは返事をしなかった。  彼が立ち上がろうとした瞬間、きみは前に出た。目を疑うような早さでパーマーに接近し、まだ腰を浮かしたままの彼の左腕をひねり上げ、手首にはめた時計型端末を操作できないようにする。そのまま体重をかけ、彼の上半身を机に押さえつけて身動きを封じた。  パーマーはうめいた。 「ゴッガー、君は……ゴッガー少佐なのか?」 「『彼』は死んだよ。おかげさまで、ぼくの中で復活したけどね」  ぼくは吐き捨て、きみはパーマーの左腕をさらにひねる。ぼくの手のひらに、関節のずれる嫌な感触が伝わってきた。このまま片をつけるか? ぼくは思った。  だがきみは、空いた方の手を机に伸ばした。そこにあったイヤーカフ型の端末を取り、ぼくの片方の耳にはめる。パーマーの手首にはまった端末も操作して、二つの端末を接続した。  パーマーの端末に一連のコードが送られる。送信が終わると、きみはそれぞれの端末を元に戻して言った。 「今のデータが暗号鍵だ。有効に使え」  きみは、死んでも優秀な職員で、愛国者だった。きみがパーマーを解放すると、ぼくもしぶしぶ彼の体から離れた。  パーマーは痛めた関節をかばいながら、青ざめた顔でこちらを見ている。きみはいつもの軽い口調で言った。 「パーマー、頼みがある。チームのよしみで、ぼくのことはもう放っといて欲しいんだ。お願いだよ。死者への餞別だと思って、さ」 「……ノーと言ったら?」 「あんたは自分のバックアップを起動したくはないんじゃないかな。そうだろ?」  脅しを受けても、パーマーは無表情のままだった。だが彼は、黙って片方の眉を上げて見せた。二か月間の短い付き合いだが、きっと良いチームだったのだろう。  ぼくはきびすを返し、部屋を出た。建物を出るまで、誰も追っては来なかった。
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