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復活の妙薬
エフ博士とふたりの仲間たちは古代の遺跡にやってきた。この文明を築いた王が死者を復活させる妙薬を持っていたというのだ。そのレシピでも見つけてひと儲けしようというたくらみである。博士たちがこの遺跡へ来るのはこれがはじめてではない。いままでに何度も挑戦してはなんの成果も得られず帰っている。
「今回こそ見つかりますかね」
仲間のひとりが博士にたずねた。遺跡はジャングルのなかに点々と存在している。木々の葉に隠されて上空からでは見つけられない。また、地中に埋まっているものもある。調べるにはむし暑いジャングルのなかを歩いて進むしかなかった。
まともな調査ならともかく、死者復活の薬を探そうという計画だ。ろくに資金援助は得られない。
「今回こそは見つかるさ。薬さえ見つかればわたしの名は世界に轟くだろう。貧乏生活とも別れられる。なんの研究もできないと見下していたやつらを見返してやる」
要は本業の研究がうまくいっていないのだ。夢のような薬を見つけて、一発逆転を狙っているというわけ。人間がけっぷちに追いこまれると、妙な思考をするものである。
「そろそろ、目的の場所に着きます」仲間が声をあげた。
「よし、長々とジャングルを進んできたかいがある。ついに不死の薬を手に入れるときが来た」
博士が自分を鼓舞する。こうでもしないと、長旅の疲労と不死の薬などないという常識に押しつぶされてしまう。生い茂る木々を押しのけて前へ進んだ。
「や、博士。これが例の遺跡ですか」
目の前が急に開けた。ぽっかりとあいた土地に小さな建物がある。遺跡をよけるようにジャングルがドーム状になっていた。博士たちがかけよる。
「ここにまちがいない。入口を探せ」
「こっちに入口があります」
建物の裏に回った仲間が博士を呼ぶ。来たものを歓迎するように入口が開いていた。なんの躊躇もなく博士は建物のなかへ足を踏みいれた。
「内部の構造は単純だな」
明かりをともしながら遺跡を観察する。地上は見た目どおりの小さな空間しかない。すこし歩くと、地下へつづく階段があった。
「この下に薬があるのでしょうか。しかし、罠の可能性もあるのでは」
「罠を怖がっていてはいつまでたっても不死の薬にたどり着かない。わたしはいくぞ。きみたちもついてこい」
いきおい込んで博士が階段を降りる。仲間が不安そうな足取りであとにつづいた。階段を降りると、これまた小さな部屋がひとつだけあった。
「なんだ。これだけか。巨大な地下空間が広がっているかと思ったが、思いのほかたいしたことない」
「博士、見てください。祭壇らしきものがあります」
仲間が指をさす。その先には神聖な雰囲気の祭壇があった。その中央にびんが置いてある。
「これが復活の妙薬ではないですか」
「うむ、断定はできないが、その可能性が高い」
びんのふたを開けると、おどろくことにまだ中身が入っている。金属のような光沢のある液体だ。
「や、まさか現物が残っているのだろうか。急いで保存しなくては」
博士たちはびんを箱に入れて厳重に保管した。
「あとはこの薬の製造法を見つければ完璧だ。壁に描かれていないか」
「いえ、こちらにはありません」
「こっちにもないようです」
遺跡のすみずみまで探したが、薬のレシピは発見できなかった。博士一行はびんの入った箱をだいじに抱えながら遺跡をあとにした。
「あれだけ探して見つからないとは。薬の製法は破棄したのかもしれないな」
「そんな。それでは金を儲けることができないではないですか」
「まあ、その代わり薬を手に入れることができた。帰って効果があるかたしかめようではないか。一回死んでもよみがえることができるなら、考えようによっては金になる」
博士の研究室へ戻ってきた三人は、慎重にびんを取りだした。
「これが復活の妙薬か」
「あまりたくさんはありませんね」
「そのようだな。われわれ三人分がせいぜいといったところか」
つまり生きかえられるのはひとり一回になる。博士たちは互いに顔を見合わせた。仲間のひとりが口を開く。
「その、どうやって実験するのです。この薬が本物だという保証はないのでしょう」
「それはもちろん、だれかを死なせて薬の効果があるかをたしかめるしかあるまい」
「だれかとはだれなのです」
視線が目まぐるしく行きかう。もし自分が死んで生きかえらなかったら大損どころの話ではない。
「そうだ。われわれにまったく関係のない人間で試すのはどうでしょう」
「だが、そいつに薬を使ってしまうと、わたしたちの分がすくなくなる」
びんの薬は少量だ。うかつには使えない。
「では、動物で試すのはいかがでしょう。小さなねずみならわずかな量で実験できるのではありませんか」
「なるほど、それはいい。さっそく試してみるか」
博士の号令で哀れなねずみが連れてこられた。毒薬を注射され、あっけない死を迎える。
「さて、たしかに死んだな」
「ええ、心臓は止まっていますし、体は冷たくなっています」
「よし、いいぞ。びんの薬をひとしずく飲ませてやれ」
びんから注意深く薬を取りだす。死んだねずみの口にかがやく液体を含ませてやった。
「さあ、どうなる」
博士たちの視線がねずみに集まる。床に転がっていたねずみの体がぴくりと動いた。心臓が鼓動をはじめる。閉じられた目がゆっくりと開いた。眠りから覚めたようにねずみが平然と起きあがる。自分を見つめている人間たちの顔をふしぎそうに見上げた。
「や、見たか」
「はい、見ました。この薬は本物だったのですね」
「やりましたね、博士。これで一回死んでも生きかえることができます」
走りまわるねずみを博士が目で追う。博士は仲間を集めてささやいた。
「いいか、この薬のことはだれにも言うなよ。ここにいる三人でわけあおうではないか。だれかが死んだとき、使うことにしよう。きみたちが死んだら連絡をくれ。わたしがすぐに駆けつけて薬を飲ませてやる。さあ、それぞれの生活に戻ろう。われわれには薬がある。死におびえることはないのだ」
博士の言葉を聞いた仲間ふたりはよろこび勇んで研究所をあとにした。命がけの仕事をうけおって金を稼ぐのかもしれない。危険地帯に行って財宝を狙うのかもしれない。いずれにせよ、命を粗末に扱うことになる。仲間たちは博士より賢くはない。どちらかが死ぬのは時間の問題だ。
博士が元気になったねずみをつつきながら口にする。
「動物でうまくいったからといって人間でも同じようにいくとは限らないではないか。しかし、あいつらが死ねば人間での実験もできる。それまでは死なないようにしなくてはいけないな」
博士は薬の入ったびんをだいじに保管庫へしまった。
〈了〉
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