ある作家の復活

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 ある日、編集者の石野はかの作家にカフェに呼び出された。  駅に近い大きなカフェだが、夕方の変な時間だったため、店内は比較的空いていた。漂うコーヒーの香り。天井からはゆったりとしたピアノのBGM。  東山田の向かいで、中年男の石野は就活中の学生のように硬く縮こまっていた。テーブルの上でブレンドコーヒーの湯気が心細げに揺らぐ。  東山田が(いか)つい顔つきに違わず気難し屋なことは、出版業界では有名だった。3年前から彼を担当している石野だったが、実際、原稿に下手に口出しすると尋常でなく不機嫌になるので、もはや編集よりもご機嫌取りが仕事の状態だ。先月も、筆がパッタリと途絶えたままの彼に、丁重に高級もなかを届けた。  あのもなかは失敗だっただろうか。それよりも先々月、地方の観光地に取材に行くと言い出した時、素直に費用を出せばよかったのか。  東山田はどことなく明るい顔色で自分のカップに口をつけているが、悪い想像が止まらない。もしかすると正式に筆を折るつもりなのかも知れないが、それならまだいい。石野の不手際のせいで今後は他社で書くと言われたら――。 「石野君」 「はい先生」 「スランプは終わりだ」  いきなり東山田が断言した。心臓がドキッと跳ねる。 「長いことかかったが、やっといいのを見つけた。再来週の金曜には原稿を送れると思うよ」 「いいの……では、完全新作ですか!?」 「ま、期待しててくれ」  癖のある片笑みを浮かべた作家に、石野は他の客の目があることも忘れて「ありがとうございます!」と連呼したのだった。  
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