魔剣ゾルベーダの覚醒

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 魔王城の地下深く、あまたの罠と複雑な迷宮の先の小部屋に、魔剣ゾルベーダは眠っていた。  竜人の手のよって作られ、魔族にも、人族にも、自らが認めたものに力を与える魔剣。  今、その魔剣ゾルベーダは、自身が台座より引き抜かれようとしていることに気が付いた。緩やかに覚醒する魔剣としての意識の中、その所有者たらんとするものに問いを発する。 『力が……欲しいか』 「欲しいから抜こうとしてんでしょうが!」  甲高い声で返され、目覚め始めたばかりのゾルベーダは吃驚仰天し、鍔にある目をパチクリさせた。 「抜けた……ととっ!」  引き抜いた勢いで手がすっぽ抜けたのか、ゾルベーダはそのまま天高く放り投げられ、くるくると回った挙句ガシッと床の石畳に刺さった。 『う……ぬ』  起き抜けに放り投げられて、さすがのゾルベーダも軽く目を回す。 『な、何という狼藉』 「力、貸してもらえるよね!」  再び柄が握られ、ゾルベーダはその不届きなものに眼をギョロリと向ける。 『——おなごではないか!』  一眼の目に映ったのは、小柄な少女だった。こんな魔王城の地下でなく、辺境の村の花屋が良く似合いそうだ。 「だから何なの! 今ピンチなんだからね!」  彼女はゾルベーダを床から引き抜くと、手に馴染ませるようにぶんぶん振り回す。 『うぬ、よ、よせ』  予期せぬぶん回しに、ゾルベーダは抗議の声を上げる。 「馴染む馴染むっ。力、貸してくれるよね」 『お、おぬしのような不届きものに——』  そう言いかけたところで、ゾルベーダは柄から伝わるかすかな竜気に気が付いた。それは温かく、懐かしい力の流れだった。わが主、何十年か、何百年かぶりのその力の波動。 『待て、おぬし竜人族のものか』 「そうだけど、今そんなことはどうでもいいの!」 『良いわけあるか! 我は長い間、真の主である竜人族を——』そう、待ち続けていたのだ。 「ホントどーでもいいっ!」  ゾルベーダの感傷をものともせず、彼女は怒りを爆発させる。 「お兄ちゃんがピンチなの! トラップにかかって魔塔に閉じ込められてるんだから!」 『お、お兄……』 「で、力を貸してくれるの、貸してくれないの!」  柄を両手でギリギリと握られ、ゾルベーダのギョロ目をものともせず少女は睨む。 『……か、貸してやろう』  その勢いに押され、ゾルベーダは了承する。もちろんそれだけではない。自らが待ち続けた竜人族のおそらく末裔とついに出会えたのだ。貸さないなどという選択はなかった。 「最初からそう言ってよね!」  彼女は背中の剣を鞘から引っこ抜くと床に突き刺し、ゾルベーダをその鞘に納めなおした。 「ピッタリ! じゃ、行くよ」 『ざ、雑であるな……』  床に打ち捨てられた剣を、同じ剣として少しかわいそうな気持ちで見る。ここまでさんざん少女を助けてきたはずの剣が、用なしとばかりに迷宮の奥深くに放置されるのだ。 「うっさい! ところでおしゃべりでキモい剣のあなた、名前あるの?」 『きも……ゾルベーダ、魔剣ゾルベーダよ。わが力は天を貫き——』 「そういうのはもういいから。わたしはフィオレ、よろしくね」  ゾルベーダの口上を遮り、少女が名乗る。 『う、うむ……』 「じゃ、行くわよ! 待っててね、お兄ちゃん!」  フィオレは小部屋を飛び出した。とたん、小さな魔物がフィオレを襲う。 「どうりゃあ!」  フィオレは即座にゾルベーダを引き抜くと横薙ぎに魔物を一刀両断し、そのまま疾風のように駆け出す。 『……大丈夫であろうか』 「お兄ちゃんなら大丈夫! 私が行くまできっと持ちこたえる。そんなに軟弱じゃないんだから!」  そうではなく、こんな少女が所有者になった我自身が心配なのだ、とゾルベーダは思ったが、とりあえず声に出すことはやめた。  当面、この少女——フィオレを主人として、力をふるうことになるのだ。 『では存分に力をふるえ、フィオレよ』 「言われなくてもっ!」  フィオレはまた襲い掛かってきた魔物を袈裟切りにする。  ゾルベーダは一抹の不安を感じながらも、ただ久方ぶりの斬撃にその刀身を震わせた。 《了》
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