Fictional World

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Fictional World

 これは、俺の世界が終わった物語。  そして、俺達の世界が始まった物語。  俺の一番最初の物語。  俺が世界で一番大好きな奴等と出会った物語。  俺が俺である為に、俺が俺を好きになる為の、そんな物語。  確かそれは何でもない一言。  口は昔っから悪い方で、態度も良いとはお世辞にも言えない有り様だった。  直ぐに腹を立てるし、拗ねるし、天の邪鬼で理解者は本当に少ない損な性格をしている自覚があった。 「お前等なんか死んだらええねん」  本当は何てことはない兄弟喧嘩で、そこに仲裁に入った母親のいつも俺が悪いから今回も俺が全面的に悪いんだろうって言い草に腹を立てた。  それに対していつも通りに悪態を吐き捨てて玄関に向かう。  今日から一週間、俺は塾の夏期講習合宿で泊まりで避暑地へ行く。  背中からさっき吐き出した言葉に対する母親からの文句が飛んできてて、ムカつき続けてる俺は時間に遅れるって態度で無視をして乱暴に玄関のドアを閉めた。  いってきますもなんもない。  バンッ!てドアを閉めて、外の暑さにブスッと顔を歪める。ただでさえ腹立ってるのにじっとり暑くてイライラMAXや。 「なんやねんもう」  自転車に(またが)って、まだ鈍い怒りがふつふつと沸騰する腹を軽く撫でて、思いっきり車の後輪を蹴飛ばしてから家を出た。  俺が合宿に行ってる間、俺抜きで家族旅行に行くっていうのもイライラに拍車を掛けた。  親の休みがそこしか取れなかったから仕方ないのは分かってても、喧嘩したことでそれすら腹が立つ。  避暑地とは言っても狭い日本、そんなに気温は変わらない。  外へ出ればわんわんと耳がおかしくなりそうな勢いで蝉が鳴いとるし、周りにはコンビニすらない。近くの店までは合宿所に据え置かれてる自転車で何分か行けばいいけど暑くてそんなことしたくない。  勉強の合間には自由時間が設けられてるけど、空調の効いた建物から抜け出す気力はない。  他の参加者達もまぁそんな感じでだらだら過ごしている。  それなりな規模の塾の主催する夏期講習合宿の同じクラスには知った顔はほとんど居ない。  居ても違うクラス。  クラスが違えば時間割も違うし、共通の話題もテレビも何もない合宿所(ここ)じゃあ殆ど無い。 「ヒマや」  自由時間用に持ってきた本は()うに読み終わって暗記コース、ゲームは紛失が嫌で持ってこなかった。  長机にだらりと身を預けて目を瞑る。 「幸村!幸村耀は居るか!!」  急にした担任講師の声に片目を開けてゆっくり身を起こす。  まだ二十代かな。  幼さが残る担任講師の顔は真っ青だった。  この日、俺は家族に置いていかれた。  このだだっ広い世界に、たった一人で置いて逝かれてしまった。  家族の乗った車は高速道路で起きた玉突き事故に巻き込まれたらしい。  らしいって言うのは、俺が指定された病院に到着した時には全員この世の人ではなかったし、まともな見てくれだったのは兄ちゃん一人きりやったから。  ダンプに押し潰されて全員即死。  苦しまなかっただろうことがせめてもの救い。  無理矢理そんなことを思った。 「幸村……」  律儀にも合宿所からここまで俺を送ってきてくれた塾の講師が言葉を無くす。そりゃそうだ。俺が彼の立場でもかける言葉なんか見つからないだろ。  俺は何も言えなかった。  送って貰った礼を言うべきだし、この後の事を親類と話す必要もあった。  でも、何も言えない。  口がカサカサに乾いて、喉も奥の方がざらざらして空気を吸うだけでヒリヒリ痛む。 「耀君」  駆けつけた親族は俺の無事を口々に喜ぶ。  生き残って良かった。  無事で良かった。  何が良かった!  たった一人生き残って、家族が皆死んで、何が良かった?  全ッ然よくないやろ!  本当は吐き出したかった。  叫び出したかった。  こんなの嘘だ!って叫んで逃げ出したかった。  けど、その気力すら無かった。 『お前等なんか死んだらええねん』  なんで軽く死ねなんて言ったんだろう。  本当に死に別れてから分かるだなんてバカか、俺は。 「誰か嘘やって言ってや……」  葬式では泣くことも出来なかった。  喪主として椅子に座って呆然としたまま祭壇を眺めて時が過ぎていった。  焼き場でも付き添ってくれた親族に別室に料理があるって言われたけど食欲なんて無くて、外から家族がまっすぐ空に昇っていくのを眺めていた。  空は忌々しいほどの青空で、煙は無風の空へとまっすぐ白い線を引く。  ただ黙ってそれを見上げる長袖の制服姿の俺を、真夏の太陽は容赦無くジリジリと焼いた。  どうして良いか分からなかった。  遺骨を抱えて家に帰ってきて、親族は皆して俺の今後を話し合ってるけど遺産で生きていけるだろうって声ばかりが聞こえた。  誰も俺を引き取りたいと思ってない。 「当たり前やな」  高校生なら一人で生きていける歳だし、家族の保険金で大学まではなんとか行けそうだっていうのは聞こえる言葉の端々で察しがついた。  飯なんか作ったことないし、それどころか家事も親任せだった。それでもやらなきゃならないならやる。なんでもやって出来ないことなんてないってわかる。  ただ、ひとりぼっちなだけで。 「誰か一人でも、生きててくれたら良かったのに」  そうしたらその一人の為に頑張れたのに。  自分が好きじゃない自分の為になんか踏ん張れない。  寧ろ、どうやって死のうかって考えばっか頭ん中を回る。 「耀」  一人きりだと思ってぼーっとしてた背中に急に声がかかった。  位牌を見つめて、彼は立ってた。  父方の従兄弟で幸村(ゆきむら)(けい)という男。  確か、昨日の通夜にも来てた。
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