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幼い時分には親族が揃い踏みをする新年会が開かれていた。
そこでいつもチビだった俺の相手をしてくれた親戚の兄ちゃんがこの幸村圭だった。
当時は高校生だっただろうか?
親戚付き合いだから仕方無くといった風に集まりに顔を出して、新年の挨拶をしてから飽き始めてる俺の相手を少しだけしてサッと帰って行く従兄弟という印象しかない。
他の兄弟やら親戚の子は歳の離れた彼を遠巻きに見ることはあっても自分からこのお人形さんみたいに綺麗な兄さんに絡みに行く奴はいなかった。
俺だって本当ならそんなだっただろうけど、兄と弟に両親を取られていた俺はつい暇を持て余して彼に話しかけてしまったのだ。
そもそも俺は極度の人見知りで、本来ならば年に一回しか会わない彼に懐くというのもおかしな話だったけれど。
一回相手をして貰えたらその次の年もって。
そんな感じで曾祖父母が亡くなって正月の集まりが自然と無くなるまで、チビの俺は彼に構ってもらいながら正月のつまらない親戚の集会を過していた。
そういえば、彼はなぜか俺の親を含め親族達からはなぜか腫れ物に触れるように扱われていた。
そこだけは今でも謎のまま。
俺の記憶にある彼は、とても優しい兄さんだった。
「なんですか?」
彼は位牌に丁寧に頭を下げてから、そっと音も立てずに俺の隣に来て腰をおろした。
家族と過ごしたこの家に居るのは、未だに親族会議という名の俺の押し付け合いを続けている親戚以外は俺一人きりだと思ってた。
ちらりと確認した彼は漆黒のスーツに光沢を消した黒いネクタイを締めていて、全身黒い葬式用の服装が彼の色素の薄い彼の肌の色を更に白く見せている気がした。
「どうすんの?」
俺の方を見もせずに言ったから、最初何を言っているか分からなかった。
ゆっくりと彼を見ると、彼は黙って俺の家族の遺影を見つめていた。思わず見つめた遺影の中の家族は皆して笑ってて、笑えない俺はフイっと顔を逸らした。
進退を問われても子供の自分に発言権なんて無いし、あったとしてもどうしたら良いかなんか分からない。
静かな和室には外から蝉の忙しなく鳴く声と、射し込む午後の光で焼けた畳がジリジリと鳴る小さな音だけになった。
「どうって……」
「俺は昔、母親を亡くした。その時に血の繋がった弟を育てられずに手放した。その後は血の繋がらない同じ歳の弟と二人でなんとか生きてきた」
それ、もしかして俺にも一人で生き抜けって意味か?
眉一つ動かさない死神みたいな横顔を睨む。
「俺は、全滅や」
「そうだな」
「せめて誰か一人でも生きてたら、話は違うわ」
「そうだな」
「たった一人でどう生きていけって言うん?」
「さぁな」
「さぁなってなんやねん!自分は血ぃ繋がってなくても弟居ったんやろ!?俺は居ない!たった、たった一人や」
彼は黙ったままじぃっと俺を見つめる。
そういえばやっとこっちを見たな。
長い間会っていなかったから、雰囲気やらなにやらは歳食った分変わってるけど昔感じた希薄というか、透明なのにそこにあるっていう不思議な存在感はしっかり変わらなかった。
幸村圭という男は昔と変わらずどこか非現実的な存在のように俺の前に鎮座在している。
そんなことを考えていたら、ふと我に返って立ち上がってはぁはぁと肩を揺らしてる自分に気がついた。
何を興奮しているのかと思ったけど、もう引っ込みがつかなかった。
こんなの彼に言ってどうなるもんでもない。
分かってて俺の口は胸に蟠ってた一番の後悔を吐き出す。
「もう、俺は一生〝ごめん〟が言えへん」
俺が死ねって言ったから。
俺抜きで旅行行くなんて、事故っちゃえば良いって頭の隅っこで思ったから。
そう思って車蹴ったから。
だから。
だからバチが当たったんや。
「俺が、そんなん言わなかったら」
「変わったか?」
俺のぶちまけた想いに、彼は静かな瞳で問いかけた。
俺はまだ立ち上がったまま肩を怒らせていた。
彼は微動だにしない。
二人ともそのまま何も言わない。
あぁ、蝉の声が消えた。
暫くして体から力が抜けて、だらんと両腕がぶら下がる。
そうしたらまた蝉の鳴く声が戻ってきて、さっきまでの俺は周りの音が聞こえないほど興奮していたんだと気がつく。
彼はまだ静かな瞳で俺を見つめている。
「耀がどう思おうと耀の自由だとは思う。ただ、不幸の素を探して、並べて、悲劇の主人公を気取るのは止めておけ」
「なんやて!」
「起こらなかったかもしれない、起こったかもしれない、たらればを言い出したら切りがない」
淡々と言う。
本当に顔色一つ変えずに淡々と。
鎮火しきれていなかったらしい炎が腹の中でぐんっと勢いを増した。
なんでそんなん言われなきゃあかんねんって。
口を開きかけて気がついた。
反論する言葉が見つからない。
全くもってその通りでしかない。
「でも、耀と同じ境遇の奴はこの世にいくらでも居ると言うつもりもない」
「言うてるやん」
「この世に幸村耀はお前一人だ。同じ悲しみなんて一個も存在しない」
俺は肩から力が抜けていった。
膝ががくんっと折れて、畳の上にへたり込む。
「お前の悲しみは、お前だけのものだ」
ぱたっ……ぱたっ……て音がして、気がついたら畳にシミが浮いてた。
それは少しづつ量が増えていって、喉がわなわな震え出して歯が奥の方でカチカチ小さな音を立てる。
俺は自分が目を見開いたまま泣いてるんだと気がついた。
「悲しむべき時に悲しんで、その時にきちんと泣いておかないと一生泣けなくなるぞ」
彼の言葉が遠くに聞こえた。
自分の嗚咽と、泣いていることを自覚したせいで頭が痺れて巧く回らなくなったからだと思う。
泣きまくりながら、彼はもしかしたら泣くべき時に泣かなかったから泣けなくなったのか、と思った。
だから俺を泣かせに来たんじゃないかって、そう思った。
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