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けー君は若いながらも将来有望な建築士で、俺でも名前を聞いたことのあるような全国規模の会社で開発事業に携わってるらしい。
俺の家族の事故を知って、多忙なスケジュールを割いて俺を迎えに来たんだとミツ君が教えてくれた。
だから新幹線の電車の時間が迫ってて急いで出ていってしまったらしい。感じ悪くてゴメンなってミツ君がすまなさそうに苦笑いを浮かべた。
俺からしたらなんの不満もないけど。
隣に座っているチハル君は俺を見上げてそんな俺の心情に気がついたのか頷いてくれた。
学校の転校手続きや役所の引越し手続きとかそんなのが本当ならいっぱいあったけど、親戚は本当に一切手を貸してくれることは無かった。その代わりにミツ君とチハル君が日替わりでやってきて諸々の手配をしてくれた。
毎日どっちかが俺のそばに居るんやで?
東京から大阪なんて絶対に面倒に決まってるし、高い交通費もかかってるはずなのに、早く割り切れとかさっさと来いとは二人とも言わなかったしそんな素振りすら出さなかった。
しかも、俺が引っ越すまで家の遺品整理はしないでいてくれた。
家族との思い出が溢れるこの家は、俺が「じゃあ行ってくるわ」って中に声掛けて玄関の鍵を閉めるまで。最後の最後まで俺の家のままだった。
俺が東京の学校へ受かったから向こうの親戚の家へ行くだけみたいな。
進学先の大学に東京選んでたら当たり前にあった未来の一部みたいな。
家の中にはまだ家族が居て、俺が独り立ちをして出て行くだけみたいな。
そんな気すらした。
……させてくれたんだ。
この数日間で分かったのは、ミツ君が物凄くポジティブで明るいフレンドリーな人ってこととチハル君が凄くシャイな人でそんな人が頑張って俺の手を引いてくれてるんだってこと。
二人とも俺を急かすこともせず俺の気が落ち着くのを辛抱強く待ってくれたし、夏休みだったけど送別会を開いてくれた友達ともちゃんとお別れを言わせてくれた。
多分だけど、シェアハウスのメンツも二人みたいな感じの人達なんじゃないかって漠然と思った。
大人になってから知るけど、仕事のある大人の二人がここまでしてくれたのはとても大変なことだったと思う。
けー君が俺を引き取ってくれた理由は全く分からないままだったけれど、俺はこの時にもう一度家族を手に入れた。
もう一度、俺は帰る場所を手に入れることが出来た。
葬式から暫く経って、準備を整えた俺は二人に連れられて東京のシェアハウスへとやってきた。
見た目はお屋敷感満載でちょっとしたアパートみたい。
俺でも名前知ってるような住宅街に広い庭付き。しかも手入れは行き届いてて、門から玄関までの石畳も綺麗に刈り込まれた庭木も何かのドラマとか映画のロケ地かなんかみたい。
駅からこの家に来るまでに見た近所の家もそんな感じだったから、もしかしたらこの街は汚らしくしてたら摘み出されるのかも知れない。
「おかえりよーちゃん」
「おかえりなさい」
二人に開けるように促されて、玄関のバカデカい扉を開けたら中から背の小さいカラフルな服を着た奴がぽーんっと飛んできてぎゅうぅぅぅって抱き締められた。
俺の首元に埋まってる色素の薄い栗色の髪からはあめ玉みたいな安っぽい甘い匂いがした。
だだっ広い玄関で俺等を見つめて笑顔を浮かべている男は、甘たるいコイツとは対照的にガッチリした体躯で。でも攻撃性は全く感じない。海が凪いでるみたいに穏やかだ。
「翔平、急に抱きつくな」
「あ、ごめーん」
チハル君に窘められて俺に抱きついてた男が身を離す。
くりくりした好奇心の塊みたいな瞳に黒ブチの眼鏡をかけて、俺を見上げてくる。
よくなついた弟が居たらこんな感じか?
「シェアハウスの住人で勝田と木原」
「俺が勝田翔平。耀ちゃんとは同い年だよ。仲良くしてなぁ」
「木原秀一です。気軽にシュウって呼んでほしいな」
「あ、ゆきぃむらよっよぉです」
めっちゃ噛んだ。
けど、二人ともそんなのどうでも良いって風に楽しそうに俺を家に上げて、しょうへーは俺の手をグイグイ引いてこっちがキッチンでーとかこっちがお風呂でーとか言いながら家を案内して回る。
俺が肩から掛けてた荷物はいつの間にか木原君が引き取ってくれてて、しょうへーに引き摺り回らさてる俺の後を持ったままついてきてくれてた。
そんな俺としょうへーをミツ君とチハル君は何でか優しい目をして見守ってた。
ショウの通う高校に編入することになって、日常は昔とはちょっと形を変えてしまったけれどそれでも何となく俺の手に戻ってきた。
毎朝起きて、ミツ君が作った弁当持ってショウと一緒に学校行って、放課後は部活やったり友達と遊んでから家に帰ってくる。
シュウとショウがアホな漫才するのを見て笑って、ミツ君達に勉強見てもらって。
それなりな日常が帰ってきた。
「……事故」
俺の手にしてたマグカップが床に落ちて、割れこそしなかったけど中身をぶちまけた。
ショウが慌てて雑巾でフローリングを拭いた。
「何だ?」
俺の視線の先をチハル君が追う。
朝のテレビ番組でニュースが流れて、高速道路での事故が大々的に報じられてるのを見た途端に俺は棒みたいな物を突っ込まれたみたいに直立して体が動かなくなった。
喉がざらついて呼吸が上手く出来ない。
体が硬直して指すら動かないし、やたら心臓ばっかりがどっくんどっくんと不快な振動を伝えてくる。そのうち耳鳴りまでしてきて、あったことないけど金縛りっていうのはこんな感じなのかな?とかぼーっと頭の遠いところで考えてた。
「耀の家族は俺等だけだ。俺等は皆生きてここに居る」
「けー君……」
「飯、食べないと遅刻する」
けー君は何気ない風を装ってチャンネルを変えた。
そう。
俺の心には少なからず傷がついていたらしい。
俺の奥の奥。
自分でも認識出来ないくらい本当に僅かな傷。
高速道路で起きた何台もの車の絡んだ大きな事故ってキーワード。
それを見聞きすると体が震えて動かなくなる。
「せやな」
ミツ君はなんにも言わずにマグカップにまた並々とミルクと砂糖増量のコーヒーを注いでくれた。
動きの鈍くなった俺の手を引いてショウが食卓につかせる。
シュウがへにゃへにゃした顔でパンに砂糖をまぶしたバターをたっぷりと塗って差し出してきたから、小さく礼を言って一気に口に突っ込んだ。
甘いトーストは母親が好きで、俺の家では当たり前だった。
「俺等はそう簡単にくたばらん」
けー君が俺の頭をぽんぽんっと撫でて居間を出ていく。
一流企業に勤めるけー君の朝は早い。
夜も遅くて、俺はまだきちんと話が出来ていなかった。
「けっえくん」
朝から盛大に噛んだ。
それでも玄関で靴を履いてたけー君は俺の声に反応して動きを止めた。
急いでるはずなのに、そんな気配を微塵も出さずにじっと俺を見下ろす。
「どうした?」
「あ……」
呼び止めといてなんだけど、何か用があった訳じゃない。
ただ、なんとなく顔を見たかったというか、見送りたかったというか……
まごまごしていた俺の頭を無言でぽんぽんって撫でて、口の端だけを器用に上げて笑った。
「おみやげの催促か?」
「ちっ、違うわ!」
「ふーん。じゃいってくる」
よくわからないけど、けー君は愉快そうに笑って出ていった。
いつのまにか俺の隣に立ってたシュウが同じように頭を撫でてきたから払ってやった。
ガキ扱いすんなって。
「いやん」
「なに言ってんねん」
「けいちんには撫でられんのにぃ」
「でっかいおっさんがキモいこと言いなや」
言ってからしまった、と思った。
俺の言葉は……
「確かにでっかいおっさんのいやんはキモいなぁ。じゃあ、ご飯戻ろか」
俺の言葉を気にした風もなく笑ったシュウは居間に戻っていった。
気まずい俺は暫くけー君の出ていった玄関を眺めてから、渋々居間に戻った。
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