Fictional World

5/6

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
 頭ん中で色んな事考えてたらショウに手を引かれて家を出てたらしくて、学校が見えた位置に来た辺りでショウと手を繋いでるのに気がついて慌てて手を振りほどいた。  元気無い俺を心配してのことだってわかっていたのに、気恥ずかしさが先に立って変に力が入った。  俺にぶんって勢い良く手を振りほどかれたショウが体勢を崩してたたらを踏む。 「わゎっ」 「学校!手ぇ!」  またやった。  きちんと言えば良いのに口から出たのはキツい言葉。  俺の言葉は…… 「ごめんなぁ」  俺の突然の行動に腹を立てて良いはずなのに、ショウは謝りながら笑って頭を掻いた。  ショウは、優しい。  シュウも、優しい。  あの家の人間達はとても、優しい。  優しくて、強い。  優しい人達に囲まれて、俺の心はまた調子に乗り始めてる。  自分のことを理解してもらってるって錯覚し始めてる。 「……こっちこそ、ごめん」 「なんで謝るの?」 「手」  ほら、ショウは優しい。  ショウの優しさは徹底されている。  俺の言わんとしていることに逸早く気がついて、俺が欲しい言葉をくれる。 「仲良い家族でも手ぇ繋いで登校する歳と違うもんねぇ」 「ショウ」  俺は無意識にショウを傷つけているんじゃないだろうか?  俺の言葉は……   「よーちゃんは気にしすぎ。俺だって嫌やったら嫌だって言えるよ。ガキじゃないし」  ショウの笑顔は痛い。  もう二度と会えない人達を思い出す。  ショウは無償の愛ってやつに近いものを惜し気もなく差し出してくる。  身内に対するように俺に接して、俺のことを無意識に守ろうとする。 「わかった」  でも心配そうに俺の後ろをテコテコとついてきた。  どこまで来るのかなーって思ってたら結局俺の教室までついてきて、教室に入る俺ににこにこ笑って手を振ってから自分の教室へ向かって走っていった。  ショウが走っていくのをなんとなく眺めていたら予鈴が鳴った。 「お前の義理の兄ちゃんだっけ?ちょっと過保護だよな」  教室に入ったら顔馴染みになった面子にいじられた。  義理の兄ではないけど訂正も面倒だし、否定はしないでいる。その方が説明も面倒じゃないし。  ショウが過保護なのは事実だしいじってきた奴等には笑って適当な言葉を返しておく。  席に着いてから頭の中では今朝からの一連の失敗の大反省会絶賛開催中。  なんでかけー君に会いたくて堪らなくなった。  この家にも馴染んで、一年が過ぎた頃。 「なぁ耀、弟欲しくないかぁ?」  居間で俺の勉強を見てたミツ君が唐突に言い放った。  この兄さんは人柄は良いし母親みたいな柔らかい雰囲気を持ってるんだけど、たまに本当に突拍子もないことを言うから気が抜けない。 「みっちゃん産むの?」 「あほぅ!翔平はあほに決定」 「えー」  バイトに遅刻しそうなショウはミツ君の変な言葉を気にもしないで適当に返事をしてからバタバタと部屋を出ていく。  珍しくミツ君が見送りに行かないな、と思ってたら玄関の方から誰かが話す声がした。時間的にシュウが帰ってきたのかもしれない。  居間には俺とミツ君と、ソファでプスプス寝息をたてているチハル君の三人だけになった。 「で、耀」 「えーっと、意味がわからん」 「弟や、弟!」  さっきショウが変なこと言ったのがいけない。  ミツ君なら気合いで産めそうやなーとかどうしようもないことを考えてしまった。  本人達は何も言わないけど、けー君とミツ君は長年連れ添った夫婦のような空気を纏うことがある。男同士だけど違和感も無い。  俺にとって忙しいはずなのに少しでもって一生懸命俺やショウとの時間を取ろうとするけー君は仕事ばかりであまり思い出の多くない実の父親よりもおとんって感じがするし、なんやかんやと俺等の世話を焼いてくれるミツ君は兄弟に取られてばっかりだった本当の母親よりもずっとおかんみたいな感じがしてしまっている。  今はもう兄弟もいないし、シェアハウスの末っ子としてたっぷりと甘やかされてる自覚もある。 「はーいっ!たっだいまーっ」 「はいお疲れさん」  ミツ君が何かを言おうと口を開きかけたのと同タイミングで居間のドアがばーん!と開いた。  姿を現したのはシュウとけー君。  俺の父親は鼻の頭を真っ赤にしながら小さく咳き込んだ。 「おかえりなさい」 「おう!おかえりー……ってあれ?圭今日なんか早すぎない?」 「風邪引いた」 「いつも腹出して寝とるから」  本当におかんみたいなことを言いながらミツ君が立ち上がる。  けー君の頭に手を当てて熱を計ってるのを見てたら、隣の席にシュウが座って俺の手元を覗き込む。  ノートをじっと見て、はしっこをトントンッて指先で軽く叩いてから立ち上がる。 「俺めっちゃ汗かいてるから先に風呂入っちゃってもいい?」 「おー入れ入れ」  ミツ君はけー君の世話しに行っちゃったから、俺は解きかけの数式に視線を戻す。  どうしても解けなくて引っ掛かってた。 「あ……」  シュウがトントンしていったとこ、足し引き間違ってた。 「お?解けたか」 「おん」 「そかそか。そんじゃ今から夕飯作るから続き後な。一人で出来るとこ……こことここやな。この問題解いててもええし飯まで時間あるから圭んとこ行ってもええよ。風邪だけは移されへんようにな」 「ん」  コンコン咳き込む声がして振り向いたら、部屋じゃなくて居間とふすまで仕切られた四畳半の和室にけー君が居た。さっき二階に上がって行ったのはスーツを着替えに行っただけだったのか。  上布団を剥がされたこたつに入って天板に顎を乗せてぷすぷすと変な音を立てながら、まだ暑いのにミツ君に袢纏(はんてん)を掛られたけー君はダルそうに目を瞑ってる。  近くに寄って行ってもなんにも反応しないから斜め前の席に潜り込んだ。  正面だとなんか恥ずかしいし。 「どうした?」  瞑ってた目を開けたけどとろんとしてる。  おでこにはミツ君に貼られたらしい冷えぴたが物凄い存在感を放っている。 「大丈夫?」 「大丈夫。こんなの寝りゃ治る」  そうは見えないけど。  俺に心配かけたくないんだなって、なんでか気がついた。  不貞腐れたみたいな表情なのに、俺を見る目はとても優しいからかもしれない。 「学校どう?」 「すっかり馴染んだよ。ショウが一緒だし友達も出来た」  口の端っこだけをつり上げて目を細めた。  笑ってる。  多分、結構熱が出てて本当なら部屋で寝ていた方がいい。 「耀とはちゃんと時間とって話せてないからなぁ」 「そんなんいつでも出来るやろ」 「まぁそうだなぁ。でも耀はずっと引っ掛かってることがありそうだからな」  びっくりして体を起こしたら膝がこたつに当たって浮き上がる。  その振動で顎を打ったらしいけー君が無言で頭を押さえた。熱で茹だった頭に衝撃が響いてしまったらしい。 「ごごごめん!」 「驚いた」  ぷすって音がして、なんの音かと思ったらけー君が鼻を啜る音だった。  緩慢な仕草で手を伸ばしてティッシュの箱を引き寄せて、盛大にちーんって音を立てて鼻をかむ。  その姿を見てて、ふと父親とこういうコミュニケーションを今までとってこなかったことに気がついた。  仕事で平日は帰りの遅い父親が近くに居た記憶があまりない。休みの日は居ても寝てるか兄弟が先に話に行っていたり、外でキャッチボールとかをしてた気もする。  俺が(ひが)まずにもっと自分から話しかけていたら、父親とこうして話す機会を持てたんだろうか?  もう二度とその時間は持てないんだけど。 「耀」 「ぉん」 「俺は耀が息子んなってくれて嬉しいと思ってる」  びっくりしてけー君の方を向いたら、耳まで真っ赤にして天板に顔を伏せてる。  俺は口がふるふる震えて、なんか目が潤んできた。  何か言わなきゃって思うけど、何も口から出てくれなくて。  結果そのままけー君を見つめ続ける。 「自分がなんか言ったからとかまだ思ってんなら止めとけ。そんなの自分で自分に呪いかけてるみたいなもんだ」 「ぉん」 「口が悪いって気にしてんなら、気にする必要もない」  何でわかったん!?  本当に驚いた。  目を見開くくらいしかできないくらいに。 「耀の言葉には意味がちゃんとある。誰かを傷つける為の言葉とは違う。キツイ言い方でも、ちゃんとある。それをわかってくれる人はちゃんと居る」 「でも、そんなん受けとる(がわ)にはわからへんやん」 「わかる。わからない相手とは合わないだけだ。合わない相手は世の中たくさん居る」 「皆に好かれようとすんな。そんなの無理だ。出来ん」  急に後ろから声がして、振り向いたらチハル君が立ってた。  全く気配を感じなかったから驚いた。 「今はわからなくてもいつかはわかる。お前が良いって言う人間は必ず居る。お前が居なきゃ嫌だって人間が必ず居る。お前はただそいつの信頼を真っ直ぐ受け止めてやれば良い」 「俺を好きな人……」 「そうだね。少なくとも俺は耀ちゃんが何も言わずに急に居なくなったら探すよ」 「当たり前やろ!耀が見当たらんとか探すわ」  風呂上がりらしいシュウが居間から言葉を投げてきた。それにミツ君がキッチンからその言葉を拾って返してきた。  今ここには居ないけど、ショウが居ても俺が必要だって言ってくれる気がした。 「なんかぐるぐるしたら、とにかく口に出して俺等に言ってみたらいい。耀は後ろ向きなとこあるから」 「けーくん……」  目からぼろんって涙が零れ落ちた。  人って本当に嬉しいときにも泣けんだな。  泣きながら笑うって器用なことが出来るって初めて知った。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加