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バイトで不在のショウ以外で晩飯を食う。
用意されたのはあったかいうどんで風邪を引いたけー君の為の献立なんだろうな。
豚汁からうどんに変更されたんだと思われるうどんは具だくさんで、夜遅くなっても小腹が減るとかはなさそう。
鼻の詰まったけー君はぶーぶー鼻をかみながらうどんを啜る。
「どうした?」
あんまり見過ぎてたみたいで苦笑いのけー君に突っ込まれた。
ミツ君が黙って辛味の薄い柚子のたっぷり入った七味唐辛子の缶を俺の前にトンッて置いた。
「あ、ありがと」
「食べて人心地ついたら風呂入ってあったまっといで。出たらさっきの続きやるからなぁ」
「ぉん」
なんで見てたかうまく説明できない俺の事をちゃーんとわかってて、誤魔化してくれたらしい。
俺は七味を本当にちょっとだけ掛けて、優しい味のうどんを啜った。
「あ!そうだ。弟とか何の話やったん?」
急に思い出した。
黙ってうどんを食べてたチハル君が器用に唇に挟んだうどんをちゅるるんって喉に押し込んで、箸で行儀悪くけー君を指す。
「そういや自分、耀にきちんと説明してないだろ」
「ミツしてないのか?」
「ミツじゃなくて自分の口から言わんかい!」
相変わらずチハル君は男前だ。
このやりとりでなんとなく俺に戸籍上の弟が出来るんだろうなって気がついた。
やりとりを聞いてるはずなのに、シュウは我関せずで汁のたっぷりと染みたお揚げさんをはむはむ幸せそうに食べてる。
本当に幸せそうに食うから、そんなに美味いのかと俺も口にお揚げさんを突っ込んで汁が染み染みに染みたお揚げさんの熱さに撃退された。
ヒリヒリする舌を猫舌の俺の為に用意されてた氷水に行儀悪く突っ込む羽目になってなんかバツが悪いけど、そんな俺を観ていたシュウが穏やかに微笑んだ。
シュウは俺等が決めたことに口を出す気は無いらしい。
「篠山龍紀って遠縁の子が居る。その子の父親が捕まった」
「捕まった?」
「正確には容疑だったらしいけどな。収容所で首括って真実は闇の中だ」
鼻声で話し難そうに喋るけー君は無表情に近い。
事件について詳しくは知らないんだろう。
ただ、犯罪者家族に対する世間からの風当たりに耐えかねた母親が突然蒸発して、幼い弟二人を抱え必死になってるその子の存在をけー君は知ってしまった。
知ってしまったら知らなかった時と同じ様には居られない。
俺の父親はそういう人間や。
「龍紀、いくつ?」
「耀のいっこ下」
「来んのは龍紀だけ?」
「そう。弟二人は龍紀が自分で引き取り先を見つけた」
「……頑張ったんやな」
淡々と会話は進む。
結論だけ言うなら、俺は構わない。
けー君がそうしたいと思った通りにしたら良いと思う。
この家の人間達がそうしたい、そうするって決めたんなら悪いようにはならない。本気でそう思う。それは多分、信頼に似た感情。
俺がもし、龍紀と同じ立場だったら……そう思ったら身震いがした。
俺はひとりぼっちで置いて逝かれたけど、それはそれでしんどかったけど。
小さな子供を抱えてそんなになってたら何とかできたとは思えない。俺は預かり先を探すって発想にならないし、無理矢理一緒に住もうとして手詰る未来しか見えない。
「へぇ、なるほどねぇ」
バイトから帰ってきたショウに龍紀の話をした。
もうチハル君あたりから話を聞いてたかそれっぽい話をされてたみたいで、なんかのキャラクターを象ったクッションを抱っこしながらコクコク頷いた。
頷く度にカラーリングで傷んだ髪が鮮やかな青いパジャマに当たってぱさぱさ乾いた音を立てる。
あ、この家は住人が多いから洗濯物とかでごっちゃにならないように大雑把な色分けがされてる。パジャマとかバスタオルとかスリッパとか箸とか。
大人達は他人の物を使っても気にしないらしくて明確な線引きはそこまでないみたいだけど、子供は思春期だしそういうのを大事にしたいって思ってくれてるみたい。
ちゃんと俺の物は俺の物として分かりやすく差し出してくれてる。
ショウは青。俺は黄色で、空いてる緑が龍紀の色になると思う。
「部屋はどうする気なんだろ……」
「んー?」
「今だってけー君とミツ君相部屋やん」
この洋館風の家は個々の部屋の間取りを広くとってあって、その分部屋数が多くない。一階の共有スペースもやたら広い造りだから仕方がないかもしれない。
本当は全部で八人くらい暮らせる家もあったらしいけど、けー君は敢えてこの他人と関わらなくちゃ生活できない間取りの家を選んだんだそうだ。
「ゆきちんは今んとこ寝に帰ってきてる状態だしねぇ。部屋は下の客間とか物置にしてる部屋に俺が行ってもいいし」
「えー」
「耀ちゃんは服とか靴とか荷物多いから部屋移動は面倒だしそもそも下の部屋に荷物入り切らないでしょ」
「う……」
「それか千春君と秀ちゃんが相部屋になるのかなぁ」
ここに来た時に本人から聞いたんだけど、ショウは同性愛者らしい。
俺にはそういうのはいまいちよく理解しきれてないけど、どうやら恋愛対象が男に限られるだけで誰でも良いわけではないらしい。好きになる相手がたまたま男だってだけの話だ。
それなら異性愛者と何が違うのかってところが俺にはわからない。
子孫繁栄を重んじるなら同性愛では当然子供が出来ないからそれはネックになるかもしれないけれど、子供が居なくても幸せな夫婦は沢山居る。子供が居ても不幸な夫婦も居るし、虐待なんてものもある。
だから、人間として優しいショウが何に引け目を感じなきゃならないのか心の底から理解出来ないでいる。
「俺とショウの同室でも良いのに」
「いやいやいや。俺と耀ちゃんが一緒の部屋だと荷物が溢れてカオスになるよ」
「あー、なるなぁ」
無意識にショウは距離をとろうとする。
それは肉親に性癖を否定された過去があるからなんだと思うけど、俺はそれがなんだか寂しい。
ショウは俺に優しくしてくれるのに、俺がショウに何かそういう柔らかい気持ちを返せる機会をやんわりと奪われている気がするから。
「俺は構わないんだけどなぁ」
「そこんとこはゆきちんとみっちゃんに任せとこ」
「そうやなぁ」
俺はショウと一緒のベッドで寝ても全然平気。同じ空間を共有していても上手くやっていけると本気で思うけど、ショウは色々困るんだろうなぁ。
俺はショウが笑っててくれるならなんだって良いんだけど。
暗闇で踞る俺の手を優しく引いてくれたショウが幸せじゃないなんて、そんなの認められるはずがない。
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