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リメンバー・推し
「とりあえず、握手してください!」
増本真澄(ますもとますみ)は勢いよく頭を下げ、湿った両手を差し出した。
イタコの老婆に向かって。
「はい、ありがとうございま~す!」
老婆は愛嬌良く笑って、機械的に増本の手を取る。その仕草にも強烈な既視感があって、増本は思わず目頭を熱くした。
間違いない、彼女だ。
「ことぴょん……会いたかった」
「……ってかさ」
堪えきれず泣き出す増本を見て、老婆はひきつった笑みを浮かべる。
「死んだアイドルをイタコで呼び出すって……ファンの範囲越えてない? 頭おかしいよ?」
「そんなに誉めていただけるなんてっ!」
「誉めてない」
老いた手を掴んだまま話さない増本に、老婆――の中の、中多良琴子(なかたらことこ)はため息をついた。
「せっかく急死して、惜しまれる悲劇のアイドルになれたのに……こんな邪魔が入るなんてね」
「……ことぴょん、それは違うよ」
「何が?」
「俺は……俺たちは全力で生きてることぴょんが好きだったんだ。不用意な発言がネットニュースに取り上げられても、ユニットの他のメンバーと揉めても、俳優と付き合って炎上しても、強く逞しく生きてることぴょんが……」
「あんた実はアンチなの?」
「違います。筋金入りのファンだよ」
そう言う増本の目には涙が浮かぶ。
「まあファンなのは嘘じゃなさそうだけどさ。あたしなんか呼び出して、何しようっていうの?」
中多良は本気で疑問に思っていた。増本のように熱狂的なファンもいることはいるが、所詮はあまり売れていない地下アイドルだ。イタコごとどこかのオカルト雑誌に売り飛ばすとか? 増本の狙いがわからない。
「……ことぴょん、俺は」
増本は一度深呼吸をして、言った。
「キミの歌がもう一度聞きたかったんだ」
「いや、無理でしょ」
中多良は呆れながら、きっぱりと言い放った。
「体はこのおばあさんのものだし。今話してる声もあたしと違うの、わかるでしょ?」
「いや、大丈夫。ことぴょんが歌ってくれてるという事実だけでもう優勝だから」
「そういう問題なの?」
「心配しなくても、俺はキミの歌い方の癖を全部覚えてる」
増本の声には妙な熱があって、中多良はこれが狂人のバイタリティなのかもな、とぼんやり思った。
「さあことぴょん。カラオケのフリータイムを予約してきた」
「そこはステージとかじゃないんだ」
「そこまでの予算は無かった。今日は俺だけのために歌って欲しい」
増本は、ここまでずっと握られていた手をやっとほどいて――それからもう一度、中多良の手を恭しく取り上げた。中多良はキスでもされるのかと身構えたが、それはなかった。
「……まあ、いいよ。死んでから暇だったし」
中多良は苦笑しながらも、増本の提案に乗ることにした。久しぶりに歌うことが、楽しみでないと言えば嘘になった。
それから中多良は一日中、制限時間いっぱい歌った。増本は終始泣いていた。声は確かに中多良本人のものではないが、増本にはわかる。ブレスの入れ方や、しゃくりやビブラートの癖。そういうものに中多良が宿っているのだ。
そして最後の一曲を歌い終えて、中多良は満面の笑みで言った。
「あたし、歌が好きだった。思い出した」
中多良がそれをいつから忘れていたのかは、増本にはわからない。
だが感謝と別れの言葉を口にした中多良は、それから二度と、召喚には応じなかったのだった。
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