慰み物

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何の変哲もないドアノブ。 されどもそれは俺にとって処刑台に等しい。 扉の前に立つ俺はさながら首を台に固定された囚人か、冷たいドアノブは首の上で出番を待つギロチンの如く。 薄っすらと口元に笑みが浮かぶのが分かった。 今宵も死ぬと分かっているのに、恐怖の一つも浮かばない。 きっと俺は壊れているのだろう。 壊されたのか、元から壊れていたのか。 そんな事はどうでもいい。 今、俺は壊れている。 その事実が重要で酷く虚しくやるせなく、それでいて有り難かった。 「遅かったね、黒龍」 透き通った声はさながら鳥のさえずり。 髪の一本一本まで透き通り輝く金糸は神話に出てくる天使をも思わせる見事な絹糸だ。 触れる事すら躊躇われる繊細さを思わせる。 肌はさながら処女の白肌、汚れ一点見えぬ純白。 それがまだ救いか。 美しい、のだろう。 通った鼻筋、長い睫毛と憂いを帯びた儚げな目元。 プラチナブロンドの髪とお似合いの瞳は同じ色彩でありながら、悩ましい怪しい光を放っている。 美しいんだろうな。 これが女なら。 布団の上でなめかしい上半身を晒し、誘うように花の蕾が開くかのような綻びを浮かべて見せる様なんて生唾ものだろう。 これが、女なら。 「ちょっと待っててくれるか、シャワーを浴びたい。知っているか、洗いたてのタオルでさえ19万もの雑菌を残しているらしい、一日で1700万まで増加するそうだ。一日服を来て自ら体液を排出している俺達は」 「どうせ汚れるのなら、一緒だろう」 そう言うと思った。 お前は俺の話なんて聞かないものな。 何か言っても良かったが、俺は一息ついて誘われるがまま光龍が座るベッドへと歩み寄った。 「サングラスを取ってもらってもいいかな」 「嫌だって言ったらどうする。サングラスは魔眼者にとっての」 言い終える前に伸びてきたのは白魚のような手と、細く長い指先だ。 「相変わらず、綺麗な眼をしている」『ああ、今直ぐこの眼が俺だけを見ていればいいのに。一体今日一日この眼に何を映してきたんだ』 「透き通った青、俺の好きな瞳だ」『この眼を見た奴全てを消し去りたい』 耳から入る囁きと視界に広がった言葉の羅列、俺は眼を逸らす。 「駄目だよ」 顔ごと逸した俺をたしなめて、手が俺の頬へと触れた。 自分の方へと顔を寄せながら断罪の言葉を浴びせる。 「しっかり僕を見るんだ」
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