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シングルベッドの上だけが、私の居場所だ。
寝転んで、時計の針の音だけを聞いていた。天井の木目を何度も何度も目線だけでなぞった。出口のない迷路をみているようだった。
歩いても歩いても、足掻いても足掻いても、どうにもならなかった。頑張ろうとすればするほど、出口なんて見えなくて、袋小路ばかりに辿り着いた。
今となっては、最初から出口なんてなくて、ただそこで朽ちていくだけのそれだったのだ。
呼吸すると空気は、私のからだを簡単に出入りする。こんな風に簡単に出口が分かればいいのになと、ただの空気さえも妬ましく思った。
スマホの通知に置き配の完了した通知に、気持ち間を空けてからだを起こす。
ベッドの周りに落ちているごみたちを足で避けながら玄関に向かう。
耳を当てて人の気配がないことをドア越しに確認した。ドアスコープからも念入り覗く。人の気配がないことを確認して、ゆっくりとドアを開けた。荷物を家に引き入れる。通販で注文した私の1ヶ月分の食糧だ。
トイレと置き配の荷物を取りに行く以外はずっとベッドの上にいる。電気も点けずに、カーテンも開けずに。スマホの強すぎる光だけがこの部屋で煌々としている。
遊ぶ余裕もなく働いていたから、貯金だけはしっかりある。当分はこの生活を続けられる。
このベッドの上だけの生活を。
あれは私のミスではないし、そもそも私は携わっていない。何で私が追い詰められたのか理解できない。
完全に袋のねずみだった。逃げ場なんてなかった。必死なって働いていた。憧れの業界、憧れの会社へと、就職が決まったときは世界が輝いて見えたし、真っ直ぐと伸びた道が見えていた気がする。
気がしていたのに。
気がしていただけだった。
私の人生に出口はない。
この部屋も同じだ。扉があっても出口はないのだ。扉があることと、出口があることは同じでないのだ。
ーピンポンー
チャイムが鳴った。
起き上がれないことにした。無視を決め込む。
ーピンポンー
ーピンポン、ピンポンー
ーガチャリー
鍵が開けられる音が聞こえた。玄関のドアがギイと音を立てて開けられた。
こんなこと出来るのはひとりだけだ。
「どうしたのよ、まるでごみ屋敷じゃない」
破壊神のような姉だ。
いつも力業で、解決しようとする。
そんな姉が嫌だった。
「ほら片付けておくから、お風呂なりなんなり入って」
そう言うと姉はドラッグストアの袋に入ったお風呂セットをぐいと渡した。
ざくざくと風呂場に置かれたごみを袋に詰めて、ほらと促す。
久しぶりのシャワーだった。姉が買ってきたシャンプーはすぐには泡立たなかった。何度でもシャンプーして、ようやくモコモコと泡立った。
用意周到に、ヘアオイルにドライヤー、新しい服まで洗面所に用意されていた。
開け放たれた窓から、陽の光と外の空気が自由に入ってきている。
「手伝うから、早く片付けよう」
姉はそういうと私の返事も待たずに片付けを再開した。
勝手に開けられたドアは、本当は内側からは簡単に開けられたドアだった。
出口はいつもそこにあった。
「大丈夫、あんたは大丈夫だよ」
私はまた外に出る。
嫌いな姉が、暴力的に開けた出口から。
この部屋って、こんなにも簡単に出れたのかと、不思議な笑いがこみ上げてきた。
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