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今のわたしの1日は何もない。 朝起きて、男たちを見送って、秋山の作った朝食を摂り、自分の洗濯を回して、その間に家中の床を磨いて、洗濯物を干したら本当に何もない。 毎日ピカピカに磨いている床だから、廊下でもダイニングルームでもどこでも寝転がることができるほどだけれど、とりあえず自室の畳に横になる。 つめたい、つるりとした感覚が頬に気持ちいい。 初夏の軽い風が日本家屋の部屋から部屋を通り抜ける。 何もないわたしが、何もなくていいと思えるのはこれまで生きていて初めての経験だ。 ここには、わたしを脅かす人間がいない。 それはわたしに強く感情をぶつける人間がいないからで、同時に強い関心を持つ人間がいないのと同義なのだけれど、それが今は心地いいのだ。 実家にいるときも、わたしは今と同じように何もなかったのに、今はずっと平穏でやすらかな気持ちでいられる。 きっとそういうことなんだろう。 夕方。 少し早めに帰宅した秋山が 「あ」 と小さな声を発した。 凪はまだ帰っていない。 「凪くんに渡そうと思ってた本忘れた…。」 しまった、を隠そうともしない秋山は全く正直だと思う。 「帰ってきてからじゃダメなんですか?」
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