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白く長い腕で、ひょいっと黒いリュックサックを背負い、薄い青色の丸いサングラスをかける。
(正直、あんまり似合っていないけれど)
凪は経済系の大学院生なのだ。
今は何やら難しい国家資格の勉強をしているらしい。
「いってらっしゃい。」
深々、頭を下げて、顔を上げると凪が高い背丈を少しかがめて、サングラスをずらし、すぐ近くでこちらをまっすぐ見ていた。
アーモンド型の、黒ネコに似た薄茶色の瞳。
「慎吾さんに手を出しちゃダメだよ。」
「出しません。」
よし、と天使のようにニッコリ笑って、凪はひらりと出かけて行った。
人がいなくなると、この旧い家は気温が1度下がる気がする。磨りガラスから柔らかい光が鈍く差し込み、色違いの板張りの床がぽつん、ぽつんとほのあかく照らされる。
さて、と一度伸びをして、ほうきに手をかけた。
一階の床を掃除すること。
それが、凪に命じられたわたしの唯一の仕事だ。
廊下、台所、リビング、それに続くわたしに割り当てられた部屋を丁寧にほうきで掃いて、角の埃を掻き出して、その後は隅から隅まで雑巾掛けする。
それだけ。
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