1

2/3
前へ
/121ページ
次へ
白く長い腕で、ひょいっと黒いリュックサックを背負い、薄い青色の丸いサングラスをかける。 (正直、あんまり似合っていないけれど) 凪は経済系の大学院生なのだ。 今は何やら難しい国家資格の勉強をしているらしい。 「いってらっしゃい。」 深々、頭を下げて、顔を上げると凪が高い背丈を少しかがめて、サングラスをずらし、すぐ近くでこちらをまっすぐ見ていた。 アーモンド型の、黒ネコに似た薄茶色の瞳。 「慎吾さんに手を出しちゃダメだよ。」 「出しません。」 よし、と天使のようにニッコリ笑って、凪はひらりと出かけて行った。 人がいなくなると、この旧い家は気温が1度下がる気がする。磨りガラスから柔らかい光が鈍く差し込み、色違いの板張りの床がぽつん、ぽつんとほのあかく照らされる。 さて、と一度伸びをして、ほうきに手をかけた。 一階の床を掃除すること。 それが、凪に命じられたわたしの唯一の仕事だ。 廊下、台所、リビング、それに続くわたしに割り当てられた部屋を丁寧にほうきで掃いて、角の埃を掻き出して、その後は隅から隅まで雑巾掛けする。 それだけ。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加