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5.いつもより美味しいのはなぜ
「おかえりなさいませ」
「……ただいま」
出掛けのときのやり取りを覚えていたのだろう、フレッドは少しだけ目を泳がせてから眉間の皺を深めた。いつもは出迎えてすぐにフレッドの後ろに下がるチェルシーだが、今日は彼の表情を見ていたくて正面から見上げる。
「何か?」
そんなチェルシーにフレッドが首を傾げる。いつもの無表情に戻ってしまったが、改めて見れば清潔感もあって、とても格好いい人だ。チェルシーとしては『家同士の繋がりで仕方なく迎え入れた妻』という認識でいたのに、可愛いと思っていてくれているらしい。まだ真意のほどは定かではないが。
あれからフレッドの帰宅の触れがあるまで、色々考えてみた。——ちなみに寝室や応接室に件の紙は他に見つからなかった。
望まれていない、興味を持たれていない、そう思わせるような態度だったフレッドが、実はチェルシーのことを考えていてくれているとしたら……。
嘘みたいだが、そうならばとても幸せなことだ。しかし嫁いできてから何故素気無くされていたのか、理由は分からないのだけれど。結局一人で考えているだけでは、堂々巡りだった。
今までのチェルシーの態度も良くなかったと反省もした。1ヶ月ほどで断念してしまったが、諦めずにもっと歩み寄ろうとしていれば関係は変わっていたかもしれない。
けれど愛し愛されることを諦めてしまった今、いきなり以前のように振る舞うのも不自然ではないだろうか?
もしかすると拾った紙は、フレッドと仲良くなりたくて頑張っていたときに書かれた可能性だってある。今更愛想よくしたところで、鼻で笑われる可能性も無きにしも非ず。
だって『氷伯爵』なのだから。
聞きたいけれど、真相を知るのはまだ怖い。氷点下の声色で嘲られたら絶対泣いてしまう。それでも、気になることに変わりはない。どうしてあんな文を書いたのか?
──結論として今日ほどフレッドに会いたかったことはなかった。
「フレッド様を待っておりましたの」
「は?」
無表情から一転、口をポカンと開けたフレッドに、自分が何を言ってしまったか気付いてチェルシーは慌てて口を押さえた。思わず心の声が出てしまった!
「あ、いえ、違……わなくもないですけど!あの、お食事を一緒に!お腹が空きすぎて待っていましたの!」
「……」
俯いて苦しい言い訳を並べたチェルシーだったが、無言に気付いて恐る恐る顔を上げた。
そこには何かに耐えるような表情を浮かべたフレッドがいた。こんな表情見たことがない。口を真一文字に結んで苦しそうにも見える。
「へ?」
チェルシーの発した間抜けな声に、我に返ったフレッドは咳を一つ落とすと、またいつもの無表情に戻ってしまった。
「……では私は書斎に寄ってから食堂に行く。空腹ならば先に食事を始めているといい」
フレッドはそう早口で言うと、姿勢よく階段を上ってゆく。
一方、己の発言に居た堪れなくなったチェルシーは、慌てて食堂のほうへと足を向けた。だから階段に躓きそうになったフレッドに気が付いたのは使用人だけだった。
* * *
食事中もフレッドをチラチラと見つめてしまうのは仕方がないことだろう。
義母であるサマンサが今日の友人とのお茶会の話をしていて、フレッドはそれに相槌を打ちながらも綺麗な所作で料理を口に運ぶ。
先ほどはその口がポカンとしていたのを思い出して、フフと笑みが漏れる。内心慌てたが、しかしサマンサの話の反応に見えたらしく、誰も気にも留めなかったことに安堵する。
不思議なことに、嫁いできてから今日まで、この屋敷で食べたどの食事よりも美味しく感じた。
——ちなみにニコニコといつもよりも楽しそうなチェルシーに、フレッドはよほどお腹が空いていたのだなと思った。言わなかったし、表情にも出さなかったのだけれど。
「チェルシーは腸詰めが好物なのかしら?いつもより美味しそうに食べているわね」
しかしサマンサは違う。いつもよりご機嫌なチェルシーに気付いて声をかけた。名前を呼ばれて一気に注目を浴びる。壁に控えた使用人からも視線を感じた。
「え……っと」
チェルシーはハッとしてパっと自分の皿を見る。メインの腸詰めに、添えられた煮豆とマッシュポテト。
特に苦手な食べ物がないチェルシーだが、特に腸詰めが好物ということもない。強いて言うなら豆類をチマチマと食べることが好きではある。しかしいつも食卓に上ることの多い豆を今更好きというのもおかしいだろう。まさか先ほど玄関先のフレッドの様子を思い出してました、と言えるわけもなく。
脳内を高速回転させた甲斐あって、
「今日もお母様とフレッド様とお食事が出来て嬉しいのです」
と、嫁として満点の答えを出せたと思ったのは、サマンサがいたく感動してくれたからだった。笑顔は引き攣っていなかったはずだ。たぶん。
チラリと見たフレッドは固まっていた。またもや珍しい表情が見れて嬉しかったから、チェルシーの回答は全くの出鱈目ということでもなかったらしい。目が合うと、すぐに視線はそらされてしまった。それが少しだけ残念に思えたチェルシーだった。
(あら?あらまぁ……)
食事中にチラチラと見つめ合っている二人を、サマンサは驚きつつも嬉しそうに傍観していたことに二人は気付いていない。
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