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「ただいまぁ〜」
仕事終わりで帰ってきた真美を、玄関先で出迎えるのがわたしのいつもの仕事だ。
「琥珀〜、ただいま〜。お留守番ご苦労様〜」
いつもハグがきつい。それに外は寒いのか、身体が冷たくて嫌だ。
「はあ〜あったかい。すぐご飯にするね」
真美がどたばた着替えをしたり、料理を作ったりしている間は、余計な邪魔をしないように部屋の隅でじっとしていることにする。
一緒に暮らしはじめた頃は、わたしも真美も、お互いに勝手がわかっていなかった。相手の事情を考えずに振る舞い、喧嘩をすることもあったけれど、今はもう慣れたものだ。
「お待たせ〜。はい、ご飯だよ」
わたしのご飯が、お皿に乗せられて運ばれてくる。真美も自分のご飯をテーブルに乗せた。
「いただきます」
いつも通りの美味しいご飯だ。
「琥珀、聞いてよ。今日も大変でさあ、部長が仕事をこっちに押し付けてくるわけ。それだけじゃなくってさぁ……」
真美はいつも愚痴ばかり言ってる。わたしは黙って聞くことにしている。それで少しでも気分がスッキリするのなら、それもいいだろう。
「ごちそうさま〜。琥珀も食べ終わった?」
食器を片付けて、真美はシャワーへ向かう。わたしはソファの上に座って、お気に入りの毛布にくるまって欠伸をする。留守番をしている間も、いまも、特にやることがない。暇だ。
「ふーさっぱり。琥珀、おいで」
お風呂上がりの真美はぽかぽかしてて好きだ。わたしは彼女の膝の上に座って、スマホを見たり、雑誌を読んだりしながらだらだら過ごす真美にずっとくっついて、じっとしている。
動き回ったりするのはしんどい。大変だ。わたしはじっとしているだけで満足なのだ。
「琥珀、あたたかい」
わたしの頭をなでてくれる真美の表情は優しい。
わたしも、なでられて悪い気はしない。
「琥珀はいい子だね」
意味もなく褒めてくれる。
それはそれでうれしい。
「そろそろ寝ようか」
真美がベッドに入ると、わたしはその隣に潜り込む。
真美はわたしを抱きしめて、撫でまわして、それから眠る。
「おやすみ」
真美が眠っている間も、わたしはささいなことで時々目を覚まして、眠っている彼女を見る。安心しきった、ゆるんだ、だらしない寝顔。
「えへへ……琥珀……」
寝言でもわたしのことを呼んでいる。バカみたいだ。
「琥珀、どこいくの……むにゃ……」
――わたしは、眠っている真美のほほを伝う涙を、そっと手で拭ってやる。
いつになったら真美は、わたしのことをちゃんと見てくれるんだろう。
昔の女の名前を付けられたって、わたしは、ちっとも愛されている気分にならない。
「琥珀……」
その名前で呼ばないでほしい。
だけど、撫でられるのはうれしい。
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