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終章
2月下旬のまるで天からの悲涙のような小雪が降る寒い日だった。市内の火葬場で母の火葬がおこなわれた。待合室で待っている間、《カミカゼトッコウタイ》の一員として戦死した二男のお嫁さんである伯母さんが話しかけてきた。小雪が降る窓外にときおり視線を移しながら、久しぶりにふたりでじっくりと話しをした。伯母さんはまず、はじめて聞く母との思い出を話しはじめた。
──ワタシが《カミカゼトッコウタイ》の一員として戦死したあのひととの短かった思い出を話したとき、タカちゃんは誠実な態度で真剣に聴いてくれました。
あのひとが文学が好きで作家になる夢をもっていて、ユウちゃんが小学生だった頃に渡したあの『世界の中心の樹』の詩集をね、タカちゃんに見てもらうと、やっぱりタカちゃんは真剣に読んでくれました。
そうしてね。
タカちゃんは、まだ幼かったユウちゃんがもう少し大きくなって漢字が読めるようになったら、この詩集を見せてあげてほしいとお願いしてきたの。
ユウちゃんがあのひとの生まれかわりだと、ワタシもタカちゃんも真剣に思っていたわけではなかったけれど、なぜかユウちゃんには同じような血が流れていると感じていたのかもしれません。
ワタシは子どもがいなかったから、ユウちゃんを自分の子どもように思っていました。
だからタカちゃんの提案にすぐに喜んで大賛成したのです。
どう? びっくりされましたか。
今まで黙っていてごめんなさい。
ふたりの秘密でしたからね。
もちろんオレはとても驚いた。あの《カミカゼトッコウタイ》の一員として戦死した二男の伯父が書いた詩集『世界の中心の樹』が、母の願いによって伯母さんからオレへと渡った真実をはじめて知らされて。
オレはまだはっきりと『世界の中心の樹』と出会えたわけではないけれど、いつの日にか必ず出会えるような気がしてきた。きっと母の死を乗りこえて……
母の死から9年後に父も亡くなり、その2年後にシーと運命的に出会った。
蔵王連峰を望む果樹園の桃の樹が、あるいは《カミカゼトッコウタイ》の一員として戦死した二男の伯父にとっての《世界の中心の樹》だったかもしれない。 ──まだ少女のような愛する妻の思い出がつまった──
そしてオレとシーは、いつの日か《世界の中心の樹》に出会えると信じて生きていくつもりだ。
──オレは小説を書きながら、シーは元気に走りながら──
亡くなった母の隠された願いでもあるのだから……
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