序章

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序章

 クリスマス・イブの明け方に少し雪が降り出した。まだ暗い暗灰色(あんかいしょく)の空から、無垢(むく)な無数の雪片(せっぺん)が地上に吸い込まれるように落ちてくる。 ──まるで天からの悲涙(ひるい)のように── 愛犬シーズーのシーが、大きく身震いをして顔の雪片をはらった。  いつもの、国道4号線の交差点かどにあるラーメンチェーン店の待機用ベンチに腰かけてひと休みをした。おねだりをはじめたシーにオヤツをやり、散歩用のスカイブルーのショルダーバックから、とても古びた薄い手書きのB5版の詩集を取り出した。子どもの頃からずっと大切に手元に置いてある無名の詩人の詩集。《カミカゼトッコウタイ》で、(とおと)いいのちを捧げ星になった無名の詩人の詩集。  その詩集のタイトルは、『世界の中心の樹』だった。  オレはシーの頭を撫でながら、明け方の無垢な小雪が降る暗灰色の空を見上げ、いつものように口誦(こうしょう)した。  世界の中心の樹  走れ、走れ、素足で走り出せ  朝陽の玲瓏(れいろう)な美しさを感じるため  走れ、走れ、素足で走り出せ  星たちの無限の(きら)めきを感じるため  走れ、走れ、素足で走り出せ  荒廃した大地の聖性恢復(せいせいかいふく)のため  走れ、走れ、素足で走り出せ  世界を清浄な空気で満たす  世界の中心の樹と出会うため c41e6973-1ffe-4e2d-b0b3-bb4dd819cc87
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