序章

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 この『世界の中心の樹』という詩を書いた無名の詩人は、11人兄弟だった父の上から2番目の二男にあたる伯父だった。文学好きだったらしい伯父は、兄弟のうちでたったひとり太平洋戦争において、《カミカゼトッコウタイ》の一員として戦死した。  西の薄青い空に蔵王(ざおう)連峰が凛々(りり)しくならんでいる。桃の果樹園を過ぎると、杉の木に囲まれた父方の祖父の家があり、広い敷地には、平屋建ての母屋のほかに別棟としてお風呂と便所と大きな物置小屋があった。母屋の仏間には漆黒の肖像額縁に兵隊姿の若い青年の写真が飾ってあった。婚姻後わずか半年で出征した二男の伯父だった。伯父は出征にあたってまだ少女のような妻へ詩集を(のこ)していた。そういまオレの手元にある『世界の中心の樹』というタイトルの詩集を……
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