3.大福がどこにもいない

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 お昼ごはんのカリカリを食べると、大福はひざの上で眠ってしまった。開店から三時間、大福があんなに長い時間レジカウンターにいたのは初めてだった。 「僕はそろそろ戻るから、ここで寝ててね」  お気に入りのキャットタワーに移そうとすると、大福はぱちりと目を開けた。 「大福も行くにゃ」 「休んでていいよ。午後はもっと忙しくなるそうだから。あずきさんもここにいるんだし……」 「タイヨウと働くんにゃ」  爪を出して体にしがみついてきたものだから、ちょっと目が潤んでしまった。そんなに僕と一緒にいたいのか……可愛いなあ…… 「ちゅるんを食べるんにゃ」  そっちですか、とがっくりしたけれど、大福は肩にしがみついたまま目を閉じてしまった。仕方がない、眠いようだったら事務所のペットベッドで寝てもらうか。  大福をつれてレジに戻ったけれど、ものの五分で寝てしまった。香箱座りのまま頭が前に垂れて鼻がカウンターについている。毛糸で編んだ敷物の上だから痛くはなさそうだけど、息が苦しくないのかな。  ぷしゅー、ぷしゅーと鼻息を鳴らす大福を、小学生の男の子がのぞきこんだ。 「大福さん、寝ちゃった」 「うん、ごめんね。いつもはお昼寝の時間なんだ」 「ちゃんとお布団で寝た方がいいよ」  そっと背中をなでたのは、先日小銭を出しすぎて大福にはじかれてしまった女の子だった。よく似た顔の二人が「おーい、ここで寝ちゃだめだよ~」と大福にささやいている。  思わず笑い声を漏らしてしまった。僕の父さんもこたつで居眠りをしては、僕や母に起こされていた。この子たちもお父さんにそんな風に声かけをしているのかな。 「お兄ちゃん、ちゃんと寝かせてあげてよ」 「うん、ありがとう」  レジを離れるタイミングを見計らっていると、岡内さんが戻ってきた。返品承諾書が必要な実用書をたくさん抱えている。年明けすぐに棚卸があるから、売り場の担当を持つ人たちは接客の合間をぬって返品作業も進めているそうだ。   「あら寝ちゃったのね。私、入るわよ」 「すみません、ありがとうございます」  岡内さんにレジを代わってもらい、大福を抱きかかえた。レジカウンターは相変わらずあわただしいのに、大福のまわりだけ優しく時間が止まったみたいだ。  事務所に入ると斎さんがペットボトルのミネラルウォーターを口にしていた。ちょっとこぼれた水滴に目を奪われて、あわてて視線を反らす。 「私、今から休憩だから一緒に連れていきましょうか?」 「それが……一緒に働くってきかなくって。ちゅるんのためですけど」 「そう、可愛いわね」  斎さんは笑みをこぼした。最近、僕の前でよく笑ってくれる。これは期待していいんだろうか。  やわらかな微笑みを浮かべたまま彼女は大福をなでた。違いました、大福への笑顔でした、と心の中で訂正する。  ボールのように丸くなった大福をそっとベッドに寝かせた。すぐそばの通路はかなり騒がしいけど目を覚ましそうにもない。着たままのブランケットで体をくるむ。 「あずきさんは、今日は出勤しないんですか?」 「去年はいろいろあったからね……あそこにいてもらった方が私も助かるし」  斎さんはちょっと困ったように眉を下げて「休憩いってきます」と事務所の扉を押した。何があったのか気になるけど、大福とあずきさんじゃ全然違うしなあと思いながら喉をなでる。 「今日はもうじゅうぶん働いたから、ゆっくりお休み」  振動が伝わらないよう、そっと扉を閉めた。僕は戦場に舞い戻り、今度はラッピングと問い合わせの嵐を受けることになった。
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