3.大福がどこにもいない

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 十五時頃、大福が大あくびをしながら戻ってきた。 「タイヨウ」 「ん? どうしたの?」 「ちょっと来るんにゃ」  僕はお客さんの注文を受けている最中だった。注文は全部で七冊。どれも店頭にないので一冊ずつ取次に注文するか、出版社に注文するか確認しないといけない。中国史の古い書籍らしく、タイトルの読み方を調べて入力するのにも時間がかかる。 「ごめん大福、ちょっと待って」  キーボードを打ちながらささやくと大福は戻っていった。事務所にいてくれたらいいんだけど、カウンターの奥からじゃよく見えない。  七冊のうち二冊は絶版で、五冊は出版社注文になりそうだった。ほとんどの出版社は十六時に注文の受付を終了するので急いで電話をしないといけない。 「どれも到着までに時間がかかりそうですが注文してよろしいですか?」 「どれくらいかかるんですか?」 「荷物の配達が二十八日までなので、年明け四日以降の到着になるかと思いますが」 「えっ、そんなに? ううん……どうしようかな」  男性のお客さんは考え込んでしまった。うしろで店長がラッピングと図書カードの包装地獄に追い込まれているので手伝いたいけれど、返事を待つしかない。 「タイヨウ、タイヨウ」  また大福がやってきて今度はひざの上に乗った。 「大福、待ったにゃ」 「ごめん、今はいけないんだよ」 「ちょっと来たらいいんにゃ」 「それができないんだってば。あとで行くから」 「あとでっていつにゃ」 「あとはあとだよ!」  大福はむっと口をつぐんだ。目と目のあいだの毛が真ん中によっている。機嫌が悪いときの表情だ。 「タイヨウなんかきらいにゃ」  お客さんに聞こえないくらい小さな声でつぶやいて大福は行ってしまった。仕方ないじゃないか、この状況でどうやって動けっていうんだよ。  ぶつぶつと独り言を言いながら悩んでいる男性に若干いらだってしまった。早く決めてくれないと出版社も電話がつながらなくなる。明日は土曜で出版社が休みだから、注文が月曜になってますます到着が遅くなるのに…… 「白河くん、代わりましょうか?」  斎さんの声に我に返った。お客さんだって探した本がなくて困ってるんだからイライラしたって仕方ないじゃないか。 「いえ、大丈夫です。あとは出版社に在庫を確認して注文するだけなんで」 「そう。困ったら声をかけてね」 「ありがとうございます」  斎さんは店長と一緒にラッピングを始めた。清水くんと岡内さんは信じられない速さでレジを打ってお客さんをさばき、アルバイトの女の子たちは必死になって問い合わせに対応したり本を探したりしている。  大福、事務所に戻ったかな。ふてくされて寝ただろうか。 「やっぱり注文するよ。時間がかかっても構わないから」 「ありがとうございます。出版社に在庫を確認して、伝票をご用意いたしますね」  手元に客注伝票を引きよせて受話器のボタンを押した。出版社の受付終了まであと三十分。急いで五冊とも注文してしまわないと。  手に冷汗をかいて注文するあいだ、何人ものお客さんがクリスマスの赤いラッピング袋を抱えて帰っていった。カラフルな絵本は子供たちに、選び抜いた文庫は仲のいい友人に、コミックのセットは遠く離れた地に住むお孫さんのために。  誰もが渡す相手の笑顔を思い浮かべて本を選ぶ。それを僕たちはひとつずつ包装紙で包む。開けたときに喜んでもらえるよう、丁寧に心をこめて。  僕にくれる人はいないけど、大福には何かあげようかな。やっぱり『ニャオちゅるちゅるん』のバラエティパックかな。  大福の背中を思い出すと、忙しさにとがった気持ちが丸くなるようだった。
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