1.大福は書店にいる

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1.大福は書店にいる

「いらっしゃいませ。おはようございます」  コリオス書店の朝は、爽やかなあいさつから始まる。九時の開店と同時に入荷したばかりの雑誌を手にお客さんがレジに並び、僕はにっこりと微笑みかける。  カフェを併設しているため文芸書を持ち込む人もいれば、テレビ雑誌を買って階下のスーパーマーケットに足を運ぶ人もいる。  ずらずらとそびえ立つ書籍棚の前で参考書を吟味する人。小さい子の手を引き、ベビーカーを押しながら絵本の会計をする親子連れ。「今日は冷えるわね」なんて立ち話をする常連さん。書店での過ごし方は様々だ。  僕、白河(しろかわ)大洋(たいよう)はコリオス書店でアルバイトを始めてもうすぐ一年になる。 「おはよう、白ねこさん」  常連の男性客がレジカウンターに座るねこに声をかけた。ねこはピクピクと耳の先を動かし、細めていた目をそっと開ける。 「いらっしゃいませにゃ。ポイントカードはお持ちかにゃ?」 「はいはい、今日は持ってきたよ」  男性客は週刊誌に青いカードを乗せた。動物のしっぽが「C」の文字を描くコリオスショッピングセンターのポイントカードだ。 「ありがとうございますにゃ。587円になりますにゃ」  ねこは小銭の乗ったキャッシュトレーに爪をかけて引き寄せた。僕は小銭を確認してお客様に頭を下げる。 「ありがとうございました。またお越しくださいませ」  ねこは前足をおさめて元の香箱座りに戻った。長いしっぽを体に巻きつけ、また目を閉じる。  レジに並びそうな人がいないことを確認して、ねこに声をかけた。 「大福、少し離れるからレジ番お願いね」 「タイヨウに言われなくてもやってるにゃ」  大福はそっぽを向いたまま言った。首輪に埋め込まれたランプがちかちかと光る。  コリオスショッピングセンターは「動物との共生」をテーマに建てられた特殊な商業施設だ。四階フロアの三分の一を占めるコリオス書店には、大福の他に「あずきさん」というねこも出勤している。 「おはよう、大洋くん」  コリオス書店の店長、菱江(ひしえ)さんがやってきた。四十半ばの彼は毎朝十時に出勤する。奥さんの手料理がうますぎて十キロも太ったというけれど、休憩時間にたくさんスイーツを食べていることを僕は知っている。  彼はベルトに乗った腹をさすると「週刊ジャンピングの売れ行き、どう?」と聞いた。
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