3.大福がどこにもいない

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 事務所に戻ると店長がパソコンの画面を操作していた。脱走防止アプリのパソコンバージョンだ。僕らのアプリと違ってフロア外のバックヤードや荷受け場、建物全体の管理区域まで見られるようになっている。 「大福くん、いた?」 「いえ、どこにも。すみません、忙しいときに」 「そんなのいいんだよ。俺がここにいたときは寝てたけど」 「岡内さんが退勤するときも、ここでお水を飲んだりしていたらしいの」  斎さんは連絡用のグループ画面を見せてくれた。岡内さんは退勤後、大福の愚痴に付き合ってくれたらしく、大福が僕の文句を言う動画を貼りつけてくれている。 「大福さん、何を怒ってるのかしら」 「何度も呼びにきたのに、僕が相手をしなかったから……」 「何か用があったのかしら?」 「接客中で詳しく聞けなくて……」  今になって罪悪感が押しよせる。あの時、大福は僕に何を言おうとしてたんだろう。「ちょっと来たらいいんにゃ」と言っていたけど、お客さんにことわって途中退席した方がよかったんだろうか。  あのときはどうしても時間がなかった。あとで聞けばいいと思っていたのに、こんなことになるなんて。 「あ、そういえば」  店長が積み上げた段ボールを指さした。 「俺が入ってきたとき、じーっと上の方を見てたなあ。虫でもいるのかなと思ったんだけど」 「こんな寒い場所にですか?」 「ねこって何もないところをじっと見てたりするだろ? それかなと思ったんだけど」  店長が段ボールの上をのぞき込むと、清水くんが踏み台を持って入ってきた。 「白河さん、どうぞ」 「え?」 「ロッカーの上に乗った可能性が高そうなんで」  彼の指先を追うと、積み上げた段ボールの側面に爪あとがついていた。僕は無言で踏み台を受け取ってロッカーの上をのぞく。フェア用の古いパネルやほこりをかぶった梱包資材が天井近くまで山積みになっている。  どこかから風が吹き込んで目をこすった。天井の端に通気口がある。 「あれっていつもふたが空いてるんですか?」  カバーのない通気口を指さすと、店長は「そんなはずないけど」と答えた。斎さんが「これかしら」とゴミ袋の上に落ちていた網目状のプラスチックを拾い上げる。  ロッカーの隅に緑色の糸くずが落ちていた。よく見るとパネルやボードのあちこちにほこりやら糸くずがついている。 「毛糸……?」  どこかで見た色だなと思いながら通気口をのぞいて、寒気が走った。奥に何か引っかかっている。  背伸びをして腕を突っ込んだ。大量のほこりと共に引きずり出したのは、例のブランケットだった。抹茶色の編み目がほどけて毛糸がずっと奥まで続いている。 「もしかして中に入っていったんじゃ……」  必死になって目を凝らしたものの暗くてよく見えない。かびっぽい湿った匂いがする。ブランケットの毛糸をたぐりよせたけれど、ほとんど手ごたえがないまま切れ目になってしまった。
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