3.大福がどこにもいない

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「白河くん、どうしたの?」  斎さんの声を聞いて、僕は踏み台から下りた。汚れてしまったブランケットを渡して懐中電灯を探す。 「通気口の中に入ったみたいです。探してきます」 「ええっあんなところに……じゃあ私も」  僕は上着を羽織って、出て行こうとした斎さんを引きとめた。 「もう退勤時間からずいぶん経っていますし、あずきさんを迎えに行ってあげてください」 「でも……」 「斎さんを待ってると思います。僕もすぐに大福を連れて帰りますんで」  斎さんは戸惑っていたけれど、清水くんに手荷物とケージを押しつけられて事務所を出た。「ごめんなさい」と口元が動いていたけれど、こちらこそごめんなさいと思う。  懐中電灯を片手に出ようとすると店長に腕をひかれた。受話器を耳に押し当てながら「ちょっと待て」とつぶやく。 「あ、(げん)さん? 仕事中に悪いんだけど、通気システムの見取り図まわしてくれない? あーうん、ちょっとねーうちの従業員が迷い込んじゃったみたいで」  うん、うん、とうなずきながら僕を見る。元さんって誰だろう、と思っていると店長は電話を切った。 「設備の管理スタッフに連絡したから、もうちょっとここにいて。闇雲に探しても見つけられないだろ」 「すみません……」 「犬ならともかく、ねこの行動は予測できないしなあ。しかし自分の充電コードだけ噛みちぎるとは、大福くんも頭がいいんだな」  あらわになった銅線をブラブラさせながら店長は苦笑した。  子供の頃、飼っていたねこもそうだった。ヒーターやこたつの線は噛まないのに、僕の携帯ゲーム機の充電器ばかり噛みちぎるのだ。僕は泣いて怒ったけど、母さんは「ゲームばかりしてるから、相手をしてほしいんじゃないの?」と言っていた。 「僕が……ちゃんと相手をしなかったから」 「何言ってんの。仕事は仕事、大福くんだってわかってるからあきらめたんでしょ」 「そうでしょうか……」 「おっ、来た来た。元さんこっち」  しょぼくれている僕の肩越しに、店長は手招きをした。設備スタッフの制服を着た中年の男性が姿を見せる。 「なんだよ、従業員が迷い込んだって。入れるわけないだろうが」 「いやーそれが入れちゃったんだなあ」 「何を訳のわからんことを……」  帽子のつばを上げた男性と目が合った。僕は「あっ」と声を漏らす。
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