3.大福がどこにもいない

8/10
前へ
/35ページ
次へ
「先日クロスワードを探しにいらした方……」 「ああ、あの時の。なるほど、入ったのは例のねこか?」  男性は2mほどある脚立を軽々と持ち上げると、通気口を見上げた。店長から手渡されたプラスチック製のふたをはめたが、すぐに落ちる。 「ひっかけるところが劣化したんだな。そういや少し前もインコが迷い込んだことがあったなあ。あのときは追跡できたらしいが」 「それが……首輪の電源が切れたみたいで」 「それなら出られるところを当たってみるか」 「そんな場所、あるんですか?」 「これと同じように劣化してたら、あのねこの体重なら割れるかもしれんしな」  元さんは電話をかけ始めた。まるまるとした大福を思い出す。「食べすぎです」とお医者さんには言われていたけれど、こんなことで役に立つとは。 「あんた、出勤中か?」 「いえ、一時間ほど前に退勤しています」 「そんじゃ一緒に来い。何か所か通気口カバーがはずれてるところがあるらしい」 「ありがとうござ……」 「俺も行きます」  僕がお礼を言い切る前に、清水くんが言った。いつの間にか帰り支度をすませてジャケットを着こんでいる。 「でももう遅いし……」 「暇なんで」  あと頼まれてるんで、と付け足して元さんのタブレットをのぞき込んだ。頼んだのは斎さんだろうか。元さんから目的地までの進み方を聞いている彼を見て、僕がしっかりしないでどうするんだと思う。 「じゃあ(しろ)は俺と来な。兄ちゃんは従業員出入口を出た所に別のスタッフがいるから、そいつに鍵を開けてもらってくれ」 「あの、白って……?」 「あんた、白だろ?」 「白河ですが……」  そんな呼び方をされたのは初めてだった。戸惑う僕の背中を店長が叩く。 「報告業務があるから行けないけど、なんかあったら連絡して。手の空いてる人間を回すから」 「忙しいときに何から何まですみません」  深々と頭を下げて事務所を出た。足早に歩きながら元さんから説明を受ける。空いている通気口は三か所。一か所は別のテナント、あとの二か所はフロア外の通路と資材置き場らしい。  レストラン街の窓から外が見えた。白い粉雪がはらはらと暗闇に舞い落ちる。初めて大福に会った日を思い出しながら、元さんのあとについていった。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加