3.大福がどこにもいない

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 元さんと向かったのは同じフロアにあるおもちゃ売り場だった。陳列したぬいぐるみはあっちこっち好きな方を向き、人気のブロックが入った箱はドミノ倒しになっている。店内には陽気なクリスマスソングが流れているが、売り場は嵐が去ったように殺伐としていた。  元さんがひょいと帽子を上げると、レジカウンターで抜け殻のようになっていた店長が顔を上げた。 「やあ元さん、こんな時間にどうしました?」 「ちょいと見せてもらっていいかい」  持ってきた脚立を広げると、レジカウンターのちょうど真上にある通気口を見上げた。 「あっそこ……こないだからふたが……」 「外れたのはいつ頃だ?」 「一週間……いや二週間前? 修理をお願いしなきゃと思ってたんですけど、忙しくてすっかり……」 「あそこからねこが出てこなかったかい?」 「ねこ?」  ひげの店長は「うーん」と考え始めた。クリスマス商戦で混雑していても、あんなところから大福が出てきたらさすがに気づきそうだけどなあ。 「姿は見てないけど、声は聞いたような……」 「ねこの鳴き声ですか?」  僕が食いつくと店長は首をかしげた。 「鳴き声……いや風の音? 空耳? もしかしたらそこにいる子の声?」  指さしたのはおもちゃのねこだった。紐のついたトラ模様のねこが無残に転がっている。電池の切れたねこの他に、犬や怪獣も横たわっていた。どこから持ってきたのかカラフルな積み木やソフトブロックも通路に散乱している。 「ごめんなさい、よく覚えてない……けどさすがにねこが落ちてきたらお客さんが気づくと思います」  うつろな目でカウンターの片づけを始めたかと思うと、電話が鳴った。どうやらおもちゃの問い合わせらしい。 「仕方ない、次に行くぞ」  元さんが脚立を持ち上げた途端、寝転がっていたねこのおもちゃが急に鳴き始めた。びっくりしたが店長はパソコンを操作して見向きもしない。  どこの売り場も大変だなと思いながら、おもちゃ売り場を出た。コリオス書店もまだピークを過ぎたわけではないらしく、学生の子たちがあわただしくフロアを行き来している。
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