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一階は閉店前のセールでごった返していた。何台もの買い物カートが行きかう中、あずきさんを見失わないように必死で追いかけていく。
「ここに入りたいの?」
あずきさんは薬局の奥にある従業員出入口を熱心にひっかいた。念のため、元さんに電話をして通ってもいいか確認を取る。
「大丈夫だそうです。今、空調設備の点検中で来れないみたいですが」
「ありがとう。行きましょうか」
斎さんが抱き上げたけれど、観音扉が開くとあずきさんはすぐに下りてしまった。そのなめらかな動きに、やっぱりねこは液体だなと思う。
入ってすぐ「にゃあ~ぉう~」と鳴いたかと思うと、急に角を曲がった。視界から消えたのであわてて追いかけたけれど、あずきさんの姿がない。
「あれっあずきさん?」
振り返ると斎さんの姿もなかった。通路は薄暗く、両側には天井に近いところまで資材が積み上げられている。
「斎さん、あずきさん。どこですか!」
声はむなしく通路に響き渡った。あずきさんが進んだ方に向かえばいいだけだと思ったけれど、段ボールを山ほど積み上げたカートラックが何十台も並べられ、曲がるたびに方向感覚がおかしくなる。
何度も方向転換をするうちに、来た道もわからなくなってしまった。元さんに頼んで入れてもらったのに、迷子になるなんて最悪だ。
一階のバックヤードは荷受け場につながっている。風が吹き込む方へ向かえば出られるかもしれないと思ったその時。
長いしっぽが柱のそばを通っていった。僕は「あずきさん!」と声を上げて後を追う。
「あれ……あずきさんじゃない?」
前方にいたのはサバトラ柄のねこだった。シルバーの体毛に黒いしま模様。体格は大福よりスレンダーで、三角の耳がピンと立っている。鈴のついた赤い首輪をしているけど、あれはコリオスショッピングセンターの首輪じゃない。
「きみ、どこから来たの?」
三階のペットショップではトリミングや健康相談をやっているので、従業員でないねこを見かけることもある。でもこんな時間にバックヤードにいるなんて、飼い主とはぐれたか迷いねこだろうか。
「僕も今、大福を探してるんだ。きみも早く家族のところに……あっ!」
ちゅるんを片手に慎重に近づこうとした途端、サバトラねこは身をひるがえした。薄暗い通路でシルバーの体毛が輝いている。
「待って、帰らないと家族が心配するよ! 大福だって……」
サバトラ猫を追いながら、大福と出会った日を思い出した。もしかしたら大福は雪の中、誰かが迎えに来るのを待ってたかもしれない。僕が部屋に入れたから会えなかったかもしれない。
拾ってからしばらく近隣に「迷いねこ」の張り紙はしたけれど、連絡はこなかった。なにか事情があって飼えなくなったのか、そもそも貼り紙に気づかなかったのか、僕にはわからない。
でも大福は、本当はもとの家族のところへ帰りたいんじゃないのか――
バックヤードのコンクリート壁に突き当った。サバトラねこがしっぽを立てて振り返る。
「サバトラさん……大福ってねこを知らないかな。君よりちょっと太ってて、体は白いけど茶色の毛も生えてるんだ。肉球はピンクと黒が混ざってて」
身振り手振りをする僕を、サバトラねこはじっと見つめた。吸い込まれそうに深い黄金色の瞳が、闇の中に灯っている。
「僕の……大切な家族なんだ」
情けなく声が揺れた。サバトラねこは僕に歩みよる。長いしっぽを立てて僕の足に体をすりつけたかと思うと、暗い通路をまっすぐに走って急に姿を消した。
「消え……た?」
あわてて通路に置かれた箱や棚を探したけれど、どこにもいなかった。なぜか鈴の音だけが耳の奥で鳴り続けている。
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