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「なぁ~お~」
「わっあずきさん!」
足のあいだをすり抜けたのはサバトラねこではなく、太い豪華なしっぽを持つあずきさんだった。
「白河くん、はぐれちゃったかと思ったよ!」
「すみません、今ここにサバトラ模様のねこがいて……見てませんか?」
「見てないけど……」
斎さんは首をかしげた。そのあいだにもあずきさんはどこかに向かって走っていく。
「いえ、何でもありません。追いかけましょう」
また見失ったら大変だ、とあせりながらもサバトラねこの姿が目に焼き付いて離れない。幻覚だったのだろうか。足にやわらかい体がふれた感触があったのに。
あずきさんは荷受け場に入った。ここは毎日の荷物をトラックから受け渡しをする場所だ。出版物を運んでくる出版輸送便のトラックも、毎朝ここでドライバーの人が荷下ろしをしている。
大型トラックの出入りのため、いつも東西両面のシャッターが空いている。雪をはらんだ風が吹き込んで、皮膚が痛くなるような寒さだった。
あずきさんは荷受け場の一角で一鳴きすると、板の壁を熱心に引っかき始めた。
「どうしたの? ここは行き止まりだけど……」
斎さんはあずきさんに視線の高さを合わせて壁のすきまをのぞき込んだ。
「うーん、暗くて見えないし、入れそうなところはどこにも……」
「携帯のライトで照らしましょうか」
上着のポケットから携帯電話を取り出して中を照らすと、奥できらりと何かが光った。
「うん? 今、何か……」
光をさらに奥に入れようとしたとき「にゃ~あ~お~ぅ」としゃがれた声が聞こえた。
「……大福? なんでこんなとこに!」
「えっ嘘っ、大福さん!」
僕と斎さんは古い板壁にしがみついて鳴き声を聞き取ろうとした。しゃがれているけど間違いなく大福の声だった。泣きそうになりながら必死になって手が入りそうな箇所を探す。
「どうやってこんなところに……入れる場所なんか……」
「ねえ、他にも鳴き声、聞こえない?」
斎さんに言われて耳を澄ませた。確かに「みぃ、みぃ」と今にも消え入りそうな声が風のすき間から聞こえてくる。
「もしかして子ねこが一緒に……」
「私、設備スタッフの人に連絡して入れる場所を聞いてくるわ。あんまり光を照らして逃げちゃうと困るから、声かけだけしてあげて。あずきは私と……」
あずきさんは熱心に板壁を引っかいていた。いつもきれいにグルーミングをしている爪が見る間に木くずだらけになり、胸が苦しくなる。
「あずき、大福さんをお願いね。すぐ戻るから。白河くん、お願いします」
斎さんは踵を返すと、電話をかけながら従業員エレベーターに向かった。売り場からかすかに営業終了のアナウンスが聞こえる。あずきさんが熱心に壁をかくと、時おり大福の声が聞こえた。この壁の向こうにいるんだ、もうすぐ助けるからな。
そう思うものの板壁のどこにもすきまなんてない。どうやってここに入ったのか不思議でならないけど、どうやって出せばいいのかもわからなくて途方に暮れる。
十分ほどして斎さんが戻ってきた。ライト付きのヘルメットをかぶった元さんと清水くん、岡内さん、店長が一緒になってかけてくる。
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