4.大福はコリオスさんといる

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 着くなり元さんは白い軍手をはめて板壁を探り始めた。 「ここは昔、不燃ゴミ置き場だったんだ。外とつながってるから場所を移すときに板で塞いだんだが……なんだってこんなとこ入っちまったんだよ!」 「僕もわからないんですけど……もしかしたら、あそこ」  むき出しになった天井を指さした。ヘルメットについたライトが辺りを照らす。 「あの古い換気ダクト、穴が開いてるところがあるんです。もしかしたらあそこから落っこちたのかなと」 「どんくさいのか、(しろ)のねこは」 「そうですね、僕に似て……」  元さんは「あっはは」と豪快に笑った。 「そんじゃ俺が出してやるよ、どんくさいねこさんよ」  元さんは腰に下げていた小型のバールを手にした。釘の箇所を確認して一本ずつ抜き始める。 「腐ってるとこもあるから最後は一気に引きはがす。(しろ)はここに手を入れな」  元さんの指示で僕らは板壁のすきまに手をかけた。僕が元さんの隣、体格のいい店長と清水くんが板壁の両端に立った。斎さんはあずきさんを抱っこし、岡内さんはとび出したねこを捕獲するために身構えている。 「いくぞー、せーの!」  バールをかけた中央から順に板壁がたわみ、木材がひび割れる音が響いた。お願いだ、大福、小さいねこさん。もうすぐだから、びっくりしてどこかに行ったりしないで。 「もういっちょ! せーぇの!」  元さんの掛け声と共に、ありったけの力で板壁を引いた。荷受け場中に木がへし折れる音が響き渡り、木くずと共にもうもうとほこりが舞い上がる。 「大福!」  とんで逃げないように身構えたけれど、大福は丸まったままじっと僕を見ていた。真っ白のおなかの中で、二匹の子ねこが鳴いている。 「みゃ~ぉ」  大福はしわがれた声で鳴いた。今日、一日でどれだけ鳴いただろうと思うと、どうしようもなく胸が苦しくて涙があふれそうになった。 「大福ごめんね……お待たせ」  ほこりのついた頭をなでると、大福は子ねこたちを熱心に舐め始めた。手のひらにおさまるくらいの、小さな子たちだ。一匹は額だけに縞模様がある茶トラ、もう一匹は全身にうずのような模様があるキジトラだった。 「この子たちはどうしたの?」  大福はじっと僕を見ると、また子ねこたちの毛繕いをした。二匹とも目を細めて体を預けている。  僕は大福ごと子ねこたちを抱き上げて、冷え切った体を胸に抱きとめた。 「もう大丈夫だよ、おうちに帰ろうね」  岡内さんは「大福ちゃ~ん! 心配したよー!」と泣きながら頭をなでた。清水くんは僕と大福に挟まれて鳴いた子ねこたちを抱き上げ、大きな手のひらで包む。  こわばっていた大福の体から力が抜けた。大福は僕の肩にあごを乗せて、しがみつくようにして喉を鳴らす。  肩越しにあずきさんがいた。二匹はそっと鼻をくっつけあって再会の挨拶をする。 「斎さん、あずきさん……ありがとう」  涙がこぼれ落ちそうになるのをこらえて頭を下げた。元さんや清水くん、店長に岡内さん。みんなに頭をぐしゃぐしゃにされながらお礼を言っていると、ふとサバトラねこのことを思い出した。  黄金色の瞳をした、銀色のねこ。あの子は飼い主の元に帰れただろうか。  荷受け場には冷たい雪風が吹き込んだけれど、ジャケットにもぐりこんだ大福のおかげで寒さは感じなかった。
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