4.大福はコリオスさんといる

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「正面玄関の、どのあたりですか?」 「玄関の脇に銅像があるだろ? サバはギリシャ語でκολιός(コリオス)。昔、創業者が飼ってたねこだよ」 「銅像……」  確かに正面玄関のそばにしっぽの長いねこの銅像が立っている。コリオスショッピングセンターのマーク「C」の文字は、しっぽの形を表しているそうだ。 「……そうじゃなくて、生身のねこです! 僕の足元をすり抜けていって」 「うんそう、ウロウロしてるんだよなあ」 「店長も見たことあるんですか」 「ガキの頃にね。迷子になってたら助けにきてくれた」  さらりと言ってキーボードを打ち始めた。お菓子を開封しよとした斎さんが「信じられない」と言葉をこぼす。 「創業者のねこさんなら、何十年も前に亡くなってるはずよ。銅像のあの子に会えるなんて……」  斎さんは僕にしがみついて「私も会いたい!」と声を上げた。彼女のこんな大きな声なんて初めて聞く。 「会いたければあなたが迷子になればいいじゃない」  足元から声が聞こえたかと思うと、ねこスペースからあずきさんが姿を見せた。大きくのびをして毛づくろいを始める。 「迷子って……もしかして昨日、あずきは見たの?」 「早くこいってうるさいんだもの」  僕と斎さんが「ええーっ!」と声を上げると、あずきさんは冷ややかな声で「早く帰りましょうよ。疲れたわ」と自分からケージに入った。 「ほーらね」  店長がデスクチェアを回転させて僕らを見る。にわかには信じがたいけれど、僕たちを大福のところまで導いてくれたなら、今すぐにでもお礼を言いたかった。  清水くんが肩で扉を押しながら入ってきた。両脇に医療系の雑誌を抱えている。 「白河さん? 今日は休みじゃないんですか?」 「ねえ清水くん! 僕、コリオスさんを見たんだよ! しかも足にスリスリしていった!」 「あずきと白河くんばっかりずるいわ! 私だって会いたいのに!」  僕と斎さんが同時につめよると彼はあとずさった。 「あの……なんの話を」 「こんなことで騒ぐなんて、二人ともまだまだ青いわね」  ケージに入ったあずきさんが前足でちょいちょいと清水くんに催促をした。彼は「はい」と答えてそっと扉を閉める。 「清水くん、子ねこたちは元気にしてる?」 「はい、今朝はしっかりエサも食べました。甘えられて家を出るのが大変でしたが」  淡々と言うけれど、表情はどこかやわらかだった。いつかあの子たちも書店員デビューできれば素敵だなと思ったけれど、大学四年の清水くんは一月いっぱいでアルバイトを辞めてしまう。  あの子たちに会えるのもそれまでかな、と思いながら大福が入った通気口を見上げた。
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