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5.僕たちはコリオス書店にいる
「いらっしゃいませにゃ」
コリオス書店の朝は、大福のあいさつで始まる。一週間の自宅待機期間を終えて、大福は大晦日に復帰した。おばあさんにもらった例のブランケットをはおって気合十分だ。
雑誌と書籍の配送は二十八日で終了し、年明けの四日から再開する予定だ。休配日は朝の品出しがないので、開店までの時間は拍子抜けするほどゆったりとしていた。
「よっ白とねこ、元気にしてるかい」
朝一番にパズル誌を持ってきたのは作業着の元さんだった。
「今から出勤ですか?」
「今日で仕事納めよ。あんたらは?」
「僕は正月三が日も出勤です。大福には家か、休憩室にいてもらおうと思ってますが」
「いやにゃ。働いて稼ぐんにゃ」
大福は目と目のあいだの毛を寄せて、不服そうな顔をした。
「だめだよ、店が立て込みそうなときはそうしろって施設長に言われたんだから」
「いやんにゃー」
大福が背中を立てて反論すると、元さんは眉を下げて笑った。
「まあ仕方ねえな。しばらく大人しくしてな、ヒーローさんよ」
「そんな大げさな……」
僕は謙遜したのに、大福はこれでもかと胸を張っていた。
今朝、久しぶりに同伴出勤をしたら、正面玄関のインフォメーションにコリオス通信の臨時増刊号が張り出されていた。
『白ねこ書店員さん、お手柄! クリスマスの子ねこ大救出劇!』
でかでかとした見出しに大福とあずきさんの写真まで掲載されていた。すっかり人気者になった大福は、朝から褒められ通しだ。
隣のレジで待機するあずきさんは落ち着いている。大福もあれくらいどっしりしていたら楽なのになあ。でもわがままを言わなくなったら、それはそれでさみしいのかな。
「そんじゃな。よいお年を」
「元さんもよいお年を」
去年はこんなあいさつを交わす相手もいなかったなあ。元さんの背中を見ながらしみじみと思っていると、ブランケットをくれたおばあさんがやってきた。
「おはようございます。これ、お願いしますね」
おばあさんは『すてきな編み物』の定期購読カードを出して、大福のあごをなでた。僕はレジの真後ろにある客注品用の戸棚からビニール袋におさめた分冊百科を取り出す。
「あら、帽子はどうしたの?」
バーコードをスキャンしていると、おばあさんは大福の首に手を回して不思議そうにした。
「すみません、ひっかけてほどけてしまったんです。一応、終わり目はくくったんですが……」
僕が不細工に結んでしまった終わり目を見せると、「あらまあ」とつぶやいた。
「だったら編み直してあげるわ」
「それが、毛糸が切れてしまったので……」
「継ぎ足せばいいのよ。簡単なことだわ」
おばあさんは生き生きと目を輝かせながら、大福の首元で結んでいる紐をほどいた。大福は首をひっこめて抵抗したけど、するりと回収されてしまう。
「いやにゃー返すんにゃー」
「なに言ってるんだ、編み直してくれるんだよ」
「寒くて働けないにゃ!」
「そうだわ、違う色を足してみようかしら。何色が似合うかしらね」
大福の訴えはあっさり流された。おばあさんは歌うようにひとりごとを言って会計を済ませると、バッグから違う色の編み物を取り出した。
「これ、お隣のねこさんに渡してくれる? 今、忙しそうだから」
隣のレジでは斎さんがレシートを手にお客さんと話していた。どうやらクレジットカードで購入した書籍の返品らしい。時間がかかりそうだな。
「かしこまりました。お預かりしますね」
「ではよいお年を」
おばあさんがブランケットを手に頭を下げると、大福が情けない鳴き声を出した。
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