1.大福は書店にいる

6/6
前へ
/35ページ
次へ
 帰宅してコンビニ弁当を食べていると大福がひざに乗った。左手でなでながら右手で箸を動かす。大福は口のまわりをなめながら弁当をのぞきこんだ。 「大福が好きなものは入ってないよ」 「にゃおん」 「もうカリカリは食べたでしょ。食べすぎるとまたお医者さんに怒られるよ」 「あおーん」  大福はひざに乗ったまま熱心に毛づくろいを始めた。「お医者はいやにゃ」と言ったような気もするけれど、言葉は聞こえていない。  話すのはコリオスショッピングセンターにいるときだけだ。脱走防止用の首輪にからくりがあるのかも、と店長は言うけれど誰も本当のことは知らない。  大福だけでなくあずきさんもそうらしい。二階のメンズ衣料品店にいる老柴犬の沢庵さんや、三階の靴屋に勤めるフェレットの太一くんも言葉を話す。  出勤と退勤は必ず飼い主同伴で首輪をはずさないこと。トイレの粗相と動物同士のケンカはしないこと。お客さんをひっかいたり噛んだりしないこと。それが採用の条件だった。  月の手当ては多い時で四万を超える。この「動物同伴手当」がほしくてコリオス書店に応募した。アルバイトの僕は時給九四〇円で月百六十時間の出勤だ。保険料や税金もろもろを引かれると手取りは十四万もない。  大福の手当てを合わせて十八万円ちょっと。大学の奨学金を返しながらなんとか一人暮らしができているありさまだ。好物の『ニャオちゅるちゅるん』をあげたくても余裕がない。 「うるるる……ぐるにゃん」  大福はひざの上で球のように丸くなった。このまんまるい姿が大福もちのようなので「大福」と命名した。お客さんたちは「白ねこさん」と呼ぶけれど、白い毛の中に茶色い毛が混ざるミックス種だ。鼻はピンクだけれど肉球は黒いところもあり不思議なコントラストをしている。  グルグルと鳴る喉元をなでながら、本当は家にいた方がいいんじゃないかと思う。あんなに人が多いところでストレスになったりしないだろうか。店長が触ろうとすると棚の上に逃げるんだし、言いたいことも我慢しているんじゃないだろうか。    いや、文句は毎日言ってるか。ひとり苦笑いをしながら大福の腹をなでた。  ふんわりと白い腹はやわらかく上下して、静かな夜を慰めてくれた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加