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TVガイドと総合誌の品出しをしていた斎さんが息を切らしながら走ってきた。彼女がレジを開けると同時にあずきさんがカウンターにとび乗る。
「お待たせいたしました。お次のお客様、こちらへどうぞ」
あずきさんが朝からレジに立つなんてめずららしい。彼女たちは阿吽の呼吸で接客用語を交わし、お客さんをさばき始めた。
相変わらず正確で早いなあと見とれていると小銭を取りこぼした。飛びつこうとした大福を上からつかむ。感心してる場合じゃない。
「いらっしゃいませ。袋は……」
「あります」
「いらっしゃいませにゃ。ポイント……」
「今日はいいです」
レジを打ち続けること三十分、お客さんの列が解消される気配はない。大福はやる気をなくしてふて寝しているし、客注品を仕分けることもできない。
お客さんが小銭をそろえる合間に僕はそっと声をかけた。
「あの、斎さん。客注品はどうしますか」
「もうすぐ清水くんが品出しを終えてくるから。それまでレジに……」
言い切らないうちにまた長蛇の列ができた。岡内さんは鬼のようなスピードでシュリンクし終えたコミックを新刊台に積み上げている。
「岡内さんもコミックが終わったらレジ番だし、箱明けはあとで店長に……あっ来たわ」
菱江店長が早めに出勤したのかと思ったら、汗だくになった清水くんが書籍扱いのコミックを抱えてかけてきた。
「朋ちゃん、お待たせ。新刊箱だけ開けてきた」
「早いわね、ありがとう。先に文庫の新刊だけ並べてくるからレジをお願いできるかしら」
「うん。岡内さん、これお願いします。店分の特装版、けっこう入ってました」
二人はお客さんの切れ目で手早く会話をした。例のコミックの特装版と書籍扱いのコミックを受け取った岡内さんは「やったじゃーん、二日は持つわー」と笑顔になる。
斎さんはレジの「サインオフ」のボタンを押すと、清水くんの肩を叩いた。
「あずきもお願いね、悠ちゃん」
「うん」
「あなたならお願いされてもよくってよ」
清水くんがうなずくと同時にあずきさんが言った。彼は「どうも」と頭を下げてレジに入る。
斎朋美さんと清水悠之介くんは家がご近所の幼なじみだそうだ。
ラグビー部の清水くんは目が合えば子供が泣き出すほどの強面で、背が高く体もがっちりしている。声もドスがきいて怖い。
けれど斎さんを「朋ちゃん」と呼ぶときや、あずきさんといるときは豆柴みたいに小さく見えるのが不思議だ。
「あの、何か」
清水くんの声で我に返った。料理雑誌を突き出した女性が怪訝そうな顔で僕を見ている。
「いえっ、何も!」
ありません、と敬語を使いそうになって口をつぐんだ。代わりに大福が「ポイントカードは青色にゃ」と接客をする。大福にフォローをしてもらうなんて情けない。
斎さんは真後ろのカウンターで客注品を分けながらお客さんの問い合わせを受け、電話をかけながら売り場の案内をして出版社に注文もするという荒業をやっている。
ふと気づくとあずきさんがじっと僕を見ていた。水晶玉みたいな瞳に心を見透かされたような気がして、思わず目を反らした。
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