おめでとう祭り

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私が生まれた蒲公英(たんぽぽ)村では秋になると、『おめでとう祭り』が行われる。 顔を合わせた相手に何でも良いので、この一年にあったおめでたいことを話し、話された相手は「おめでとう」とか「おめでたい」とか返す、そんなルールのお祭りだ。 たとえば、 「前のテストで息子が満点を取ったのよ」 「おめでとう」 「この間、なくしていたと思っていたアクセサリーが見つかったのよ」 「それはめでたい」 こんな調子のやり取りを行うのだ。みんなでおめでたいことを分かちあいましょう、ということなのだろう。 わけあって、私は村に戻ることにした。 困ったことに到着した日が祭りの日だった。もう二、三日ずらすべきだった。おめでたい話の持ち合わせがなかったからだ。 できれば家にこもっていたかったが、不参加だと、縁起が悪いだとか、鬼に連れ去られるだとか、翌年はめでたくないことばかり起こるだとか、そう言われていた。 気が進まないが、外に出て祭りに向かうにする。 祭りに到着すると、すでに村人たちがたくさん集まっている。狭い村なので、ほとんどが知り合いだ。 すぐに昔馴染みのおばさん猫が私に気づいてやって来た。十年前に村から出たときとちっとも変わっていない。相変わらず、茶毛と黒毛と白毛の三毛猫だった。 子供のころ、おばさん猫の昼寝中に、彼女の息子といっしょに、こっそりとヒゲをハサミで切ったことがある。 そのあと、かなり怒られたが、ヒゲが生えそろうまで、ヒゲのないおばさん猫と会うたびに、笑ってしまうのは止められなかった。 私が笑うと、もう嫌だわあ、とちょっと膨れた顔をするが、数秒も持たずに、破顔するのが常だった。 おおらかな猫なので、すぐに気にしなくなるのだ。 「お久しぶりだね」 「ええ、お久しぶりです」 「何年ぶりになるのかしら?」 「十年くらいかと思います」 「そかそか」 おばさん猫は、そういえばねと続けた。 「春に、むすこ猫がやっと結婚したのよ」 「それはおめでたいことですね」 「ありがとうね」 にこにこ笑いながら、おばさん猫は去っていった。 ほどなく、むすこ猫が近づいてきた。おばさん猫の長男だ。むすこ猫も立派な三毛猫だ。 しばらく見ないうちに恰幅が良くなっている。記憶の中の最後にあった姿の倍近く横幅があるのではないかと思えた。 家が隣なので、幼い頃からよく遊んだ。 村から出るとき、彼は郵便配達のお仕事につくことになっていたが、そのまま続けているのだろうか。私と違って気が長い気質(たち)だから、続けていると思う。 お久しぶりとお互い挨拶を交わした。 「おれさ、春に結婚したんだよね」 さっそく、むすこ猫はおめでたい話をする。 「おめでとう。さっき、おばさん猫にも聞いたよ」 「相手は、よめ猫なんだよね」 「さらに、おめでたいね」 むすこ猫とよめ猫は、幼い頃から仲が良かった。 大きくなったら結婚しようねと言いあっているのを、何度も聞いたことがある。 もっと早く一緒になると思っていたが、なにか事情があって遅くなったのだろう。 「そのせいでさ、最近、太っちゃってさ。しあわせ太りってやつ? 毎日、仕事で走ってるんだけどね」 むすこ猫は、自分のお腹を手で叩いてぽんぽん音を鳴らした。 結婚したのは春だというのに、こんな早々に太るものなのか疑問だったが、猫だからありえるのかもしれない。 「いい音するだろう? あとさ、来年の春くらいには子供も産まれる予定さ」 「おめでとう」 じゃ、と言って、むすこ猫が他の村人のところに行くと、よめ猫がうれしそうな顔で近づいてきた。 よめ猫はむすこ猫と違って全身真っ白な猫だ。 気になって下腹部に目をやったが、まだ膨らんでないようだ。来年の春とのことだったので、いずれ大きくなっていくのだろう。 「しあわせそうだね」 私が声をかけると、ありがとうと返事をして付け加えてきた。 「ほんとうに、しあわせだよ」 「それは、めでたいね」 そういえば、と私は思い出す。 おばさん猫のヒゲをハサミで切るときに、よめ猫はいなかったな、と。 悪戯(いたずら)を思いついたのも、ハサミを用意したのも、よめ猫だった。だが、なぜか実行したとき近くにはおらず、家の外で待っていた。 なぜだったのだろう? 気になったので、よめ猫に聞いてみる。 「そういえば、そんなこともあったね」 よめ猫は、ううむと(うな)りながら考えはじめた。 その顔がかわいらしかった。 こんなかわいい顔なのに、ひどい悪戯を思いつくのだ。そのたびに、むすこ猫に実行させて、それに私が巻き込まれて怒られるのだった。 「思い出した。むすこ猫が見つかったら怒られるから隠れてろって言ったんだよね。まあ、いつもそうだったけど」 「あいつ――。私が怒られるのは平気だったのかよ」 「わたしは、あの頃から愛されていたからね」 のろけた理由だった。 「今も愛されてるけどね」 そう付け加えて、お腹がいっぱいになるくらい、のろけ話を聞かされる。 ひとつするごとに顔が少しずつ赤くなっていくのは、見ていて飽きなかった。恥ずかしいなら、しなければ良いのにとも思う。 これ以上、赤くなりようがなくなるほど真っ赤になってから、よめ猫は離れていった。 すぐに、よぉと太い声が話しかけてくる。 おじさん熊だった。相変わらず大きいので見上げなければいけなかった。 おじさん熊はきこりをしたり、家を建てたりしていた。今でも続けているだろう。 「夏に家を新しくしたんだよ」 「それは、おめでとうございます」 きっと自分で建てたのだと思う。前の家も自分で建てたと言っていたし今回もそうに違いなかった。 「部屋もいっぱいあるから、今度、遊びに来るといい」 「はい」 村を出る前は、おじさん熊の家に、むすこ猫やよめ猫などといっしょによく行ったものだ。 おじさん熊は賑やかなのが大好きだと言っていた。 おじさん熊の嫁の女房クマも、さまざまな種類の料理を作ってご馳走するのが好きなんだそうだ。 居間の本棚に料理の本がたくさん並んでいた覚えがある。 秋刀魚の美味しい焼き方とか、川鮭と海鮭の違いとか、オムライスの卵の選び方とか、そういった本が並んでいた。 かなり古びた本もあった。 おじさん熊も暇つぶしにたまに読むんだよと言っていた。 村の女連中は頻繁に女房クマに料理を教わりに行っていた。 よめ猫もチョコレート菓子なんかの作り方を教わって、むすこ猫によくあげていて、私には残り物をくれた。たまに砂糖の分量を間違えてるように感じたが、猫と私の味覚が違うせいなのかもしれない。 おじさん熊と別れた後に、珍しい人がいるなとしゃがれた女性の声が聞こえた。キノコ家鴨(あひる)だ。 彼女はよく山でキノコを採取して売っていた。たまに毒キノコが混じることもあったが、とくに問題は発生していなかった。今でもそうなのかはわからないが、ここでこうやって会えるということは大丈夫なのだろう。 「かなりかわったキノコを見つけたんだ」 キノコ家鴨は肩から掛けている鞄の中に頭を突っ込む。顔をだすとカラフルなキノコを(くわ)えていた。カラフルすぎて、いくつの色を使っているのか、よくわからないほどだ。さらにキノコ家鴨の頭より大きかった。 おそらく食べたらお腹を壊す程度ではすまないだろう。 キノコ家鴨の目は嬉しそうに見えた。どうやらこれがめでたいことのようだった。 「おめでたそうな、キノコ、ですね」 キノコ家鴨はキノコのせいで声を出せないからか、うんうんというように首を縦に上下に振って、カラフルキノコを鞄にしまった。 「これは、うちの家宝にするよ」 キノコ家鴨の次は、スピード兎に声をかけられた。 スピード兎は同級生で気が早い男だった。 まだ冬まで日があるのに毛換(けが)わりして真っ白だった。昔から秋には他の兎と違って真っ白になるのだった。他の兎は茶色のままなのに。 早とちりも多くて学校のテストでは問題文を最後まで読むことはなかった。先生に当てられたときなどで間違うのことはないのに、テストでは簡単な問題でも間違うから、確かめたことがあったのだ。 「きみのおめでたい話を聞かせてよ」 スピード兎のその言葉に私は困ってしまった。ここ数年、悲しいことや辛いことがいっぱいあって良いことが何一つなかったのだ。 「特に――」 何もおめでたいことはないと言おうとしたら、途中でスピード兎に遮られた。 「おめでとう」 何をどうおめでとうなのかわからなかったが、相変わらずの早とちりなのだろう。 昔よりもひどくなっているようだ。昔は人の話は最後まで聞いていたからだ。 スピード兎はとっとと他の村人のところへ行ってしまった。 すぐには誰も話しかけてこなかったので、あたりを見回してみる。話し終えたばかりの数学わんちゃんが目に入った。 数学わんちゃんは中学校の先生で見た目が怖い真っ黒な犬だった。 俺はドーベルマンなんだぞと授業中に自慢げに話すことがあった。 その頃は、なにが自慢なのか分からなかったが、都会に出てなんとなく気持ちがわかったような気がした。教師という仕事をしているなら、チワワよりはたぶん良いのだろうと思う。 名前のとおり、数学わんちゃんは本来は数学の教師なのだが、先生の数が足りていないので、校長たぬきと共に他の教科も受けもっていた。三桁どうしの掛け算を暗算できるので、村一番のインテリと名高かった。 さっそく私は話しかけてみた。 「先生、お久しぶりです。調子はどうですか?」 「ほんとうに久しぶりだねえ。春に僕は教頭になったんだよ」 「おめでとうございます」 数学わんちゃんは、ぼそりと、ほんとうはなりたくなかったんだけどね、と呟く。きっと中間管理職は給料以上にたいへんな仕事なのだろう。 「きみが村を出たあとに、二人ほど、新しい住人が来たんだよね。ちょうど良いから、紹介するよ」 数学わんちゃんが呼ぶと、馬と豚の二人がやってきた。二人とも男性だった。 「まず、こちらが――」 と馬の方に手をやって、 「くるま馬くんだ。タクシーの運転手をしてるんだよ」 タクシーの運転手とは珍しい。狭い村なので利用者が少なそうだと一瞬思ったが、車を持っている住人がほとんどいないので、あんがい儲かるのかもしれない。 次にもう一人を紹介される。カブタンといい、投資をしているのだそうだ。 「はじめまして」とお互い挨拶を交わした。 まず、くるま馬が 「ぼくはこの村に来て三年目なんですよ」 と言うと、カブタンは私は五年目だねと返答した。 「いい村だよね。こんな面白いお祭りがあるくらいだし」 とカブタンは付け加え、くるま馬も同意した。 「私は今年、株で大儲けしたんだ」 カブタンは嬉しそうだった。 「それは、おめでとうございます」 「今度、二人に美味しいものを奢るよ」 「ありがとうございます。楽しみにしてますよ」  続いて、くるま馬が、 「僕はですね」 と笑いそうな顔をした。 「不思議なことがあったのですよ。ついこの間のことです。タイヤの交換をしていたのです。僕のうちは小川の近くにありまして、そこで交換していました。それで、ちょっとミスってしまって、タイヤが転がって小川に落ちてしまったんですよね」 くるま馬はポケットからハンカチを取り出して、額を拭いた。汗でもかいていたのだろう。くるま馬は話を続けた。 ※※※ 慌てて拾おうと水の中に入ろうとしたらですね、小川の神様が出てきたんですよ。びっくりしました。 いい年した、おじいさんでした。 わしは、この小川の神様である、と言ったから、神様だとわかったんですが、そうじゃなければ、偏屈そうなじじいにしか見えませんでした。 で、その神様がおっしゃったんです。 「おぬしが落としたタイヤは、この金のタイヤかな?」 もちろん、違うと答えました。 「では、この銀のタイヤかな?」 金のタイヤも銀のタイヤも、どう見ても、タクシーに付けることはできませんから、首を振りました。 「まさか、この普通のゴムのタイヤなどということは、あるまいな?」 そのタイヤをよく見たら、僕が落としたタイヤではないんですよね。夕暮れで急いでいたので、少し、いらっとしました。 神様の足元にぷかぷか浮いていたので、 「その足元のタイヤです」 と言うと拾ってくれました。おかげで僕は濡れずにすみました。 お礼を言うと、神様が、  「おぬしはたいへん、正直でよろしい。これらのタイヤをおぬしに進呈しよう」 とおっしゃって残り三本のタイヤを置いて去っていきました。 家は狭いので、すこし、邪魔でした。 ※※※ くるま馬の長い話がやっと終わった。どこかで聞いたことがあるような話だ。 「たいへん、おめでたい話ですね」 と言うと、くるま馬は、ぷっと吹き出した。 「まあ、夢だったんですけどね」 夢でもおめでたいものは、おめでたいのだ。 二人が去っていくと、お絵描きモンキーが、おひさおひさと機嫌よくやってきた。昔からいつもご機嫌な男の猿だった。 お絵描きモンキーは子供たちに自作の紙芝居を観せて、奥さん手作りの美味しいお菓子を売っていた。ふつうの絵では食っていけなかったのだろう。 その紙芝居はかなり適当なものだった。物語内では男のはずの主人公が次の場面では、女になってたりするので、シュールだった。 子供に指摘されると「すじは女房が考えたんだから、女房に言え」と嬉しそうに返した。お絵描きモンキーの奥さんは彼と違って、いつも不機嫌なので、怖くて彼女に指摘できる子供などいなかった。 「今年、久々に僕の絵が売れたんだよ」 「それは良かったですね。おめでとうございます」 「そういえば、きみに買ってもらったこともあったね」 お絵描きモンキーはなつかしそうに目を細める。 都会に行くときに村の風景画を描いてもらったのだった。 山間(やまあい)に小川が流れていて、たんぽぽの黄色い絨毯が一面に広がっている風景画だった。 最初の給料で額縁を買って、中にその絵を入れて、部屋の目立つところ飾っていた。村に戻るときに持ってきているが、まだ荷物は片していない。 整理がついたら、家の玄関に飾ろうと思っている。 お絵描きモンキーと入れ違いで、ミスターアライグマが、やあと声をかけてきた。ミスターとつくが妙齢の女性である。 ミスターアライグマは自称マジシャンだ。よく手品を見せてくれるが、不器用なのでタネがすぐバレてしまう。 トランプを隠してもコインを隠しても、手のひらから思いっきりはみ出していたりする。 カードマジックで誤ってカードをはじけさせてあちこちに飛ばすことも頻繁だった。ばらばらにあちこち落ちたカードを見物に来た子供たちでよく拾ったものだった。 一番得意なマジックは瞬間移動マジックだった。 少し離れたドアが二つあって、片方に彼女が入ってドアを閉めると、もう片方のドアから彼女と似ている校長たぬきが出てくるというものだった。 いくらアライグマと狸が似ていてるといえども、区別がつかない村人はいないので、やはり、ばればれだった。 このマジックを見た翌日、学校で校長たぬきと会うと子供たちは「おはようございます、ミスターアライグマさん」と言ったものだった。 「この間、新しいマジックを思いついたんだよ」 「おお、おめでとうございます。今度、ぜひ見せてくださいね」 私の言葉にミスターアライグマは気分を良くしたようだった。 次に会ったのは、旅コアラだった。 旅コアラは村に一本しかないユーカリの木で暮らしていた。旅コアラが、この村に来たときに植えたのだ。 世界中を旅したとかで、よく、その話を子供たちに聞かせてくれた。 私も子供のころは、他の子供たちと一緒にユーカリの木の下に集まったものだった。 旅コアラの冒険譚はユニークだった。 話はいつも、どこそこのユーカリの木でまったりと葉を食べていると――で始まり、何か事件があって、最後にユーカリの味の感想で締めるのだった。 旅コアラが男なのか女なのかは不明だった。声はどちらともとれるソプラノだった。 子供たちでよく議論になったのだか結論は出なかった。 だれもコアラの性別の判定方法はわからなかったし、だれもあえて聞こうとしなかった。旅コアラは村で唯一のコアラなので、特に問題になることはなかった。 「実はですね、新しいユーカリの木が生えてきたのですよ」 「おめでとうございます。美味しいユーカリだといいですね」 旅コアラはうんうんとうなづいて、今のユーカリは少し飽きてきていたんだよねと、ぶつぶつとつぶやきながら、ゆっくりとした足取りで立ち去った。 その向こうに村長キツネの姿が目に入る。まだ挨拶をしていないことを思い出した。 村長キツネは、私が物心ついた頃も村長だった。子供たちからは、五百年くらいは村長をしているのではないかと噂されていた。本当なら妖怪のたぐいである。 村長キツネは見た目は、たいへんなお爺さんなのだが、動作は常にきびきびしていた。村内体育大会なるイベントを企画して、大活躍していたこともあった。村長キツネに徒競走で負けたおじさん熊の悔しがりようはなかった。 村長キツネの元へ行き、挨拶をする。 「しばらく、村には、いるのかい?」 「はい。当分、こちらで暮らそうと考えています」 「おお、それは、たいへんめでたいことだ」 村長キツネは嬉しそうに、ほほほ、と笑った。 どうやら、私にも、めでたいことの持ち合わせがあったようだ。
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