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その晩の話③
真木さんのストーカー幽霊事件は一旦の解決をみた。
これから八尺さんをどうするかと真木さんに聞くと、「そんなこと聞くまでもない」と、肩に置かれた八尺さんの手に手を重ねて笑ってみせた。
互いをしっかりと認知した二人は、これからはちゃんと良き隣人として付き合っていくことになるのだろう。
「あれって、八尺さんが真木さんの守護霊になったってことかな?」
『…………?』
真木さん宅の前で灰塚と別れ、僕と古城さんは一緒に夜道を歩く。
「さすがに、わかんないか。灰塚もそこまでは分からなかったみたいだし。そもそも、守護霊になる条件ってなんだろね?爺ちゃんにはたくさんの守護霊がいたけど」
物心ついた時から爺ちゃんの側にはたくさんの《 人ならざるもの 》がいた。人の霊だけでは無い、今思えば、妖に近い存在も居たように思う。
「今思えば、爺ちゃんって、やっぱりすごいなー。あんなたくさんの人たちに慕われて」
『ー……(フンス!)』
「はは!そうだね……僕には頼れる守護霊、古城藍菜さんが……最高の守護霊さんが憑いてるからね!」
『(フゥ〜~……!)』
褒められて舞い上がった古城さんは、僕の肩に片手を置いて嬉しそうに小躍りを始める。
重さという重さはないが、その肩に触れた感触は確かに古城さんの存在を僕へと伝えていた。
ーーー
ーー
ー
家の前に到着し、玄関の取っ手を引くと中からパタパタと出迎えるように母さんが出てきた。
「ただいま、母さん」
『ーー……!』
「おかえりなさい、二人とも。ご飯できてますから食べちゃってくださいね」
「ありがとう。荷物を部屋に置いてくるよ」
「はい。ついでに部屋にいる《 ウズメさん 》も呼んで来てください。今日は皆でご飯を頂きましょう」
「そういえば、《 外牧さん 》は今日一日側にいなかったな」
「今日はご両親が部屋の荷物を引取りに来られたそうで、それを見守りに行っていたようですよ」
「そうだったんだ」
“外牧鈿女さん”は電車事故で亡くなった女性だ。
《 外牧さんの霊 》が風の噂で僕のことを聞いて自宅に尋ねて来たことで知り合った。
当初は警察の調べで、事故死とされていたが目撃者(踏み切り近くのお婆さん)もいた事、更には外牧さんの自宅に怪しい男が侵入したことから再捜査が始まった。
僕のことを信じてくれた陣内警部が捜査指揮を取ってくれたおかげで捜査は進み、晴れて〈 事故死 〉から〈 他殺 〉へと切り替わり犯人は法の下で裁かれることになったのだ。
これで少しは《 外牧さん 》も浮かばれるだろう。
「外牧さん?いる?」
『ーー……』
部屋に入ると、電気の着いた部屋で《 外牧さん 》が床に腰を下ろして待っていた。
「今日は一日お疲れ様。荷物の引取りだったんだって?」
『ーー……』
頷いた外牧さんは小さく頷くと、ゆっくりと立ち上がり僕の前に立つ。
真っ直ぐに無事な方の目で僕を見ると、ぱくぱくと口を動かし静かに頭を下げた。
その行動の意味はひと目でわかった。
彼女は御礼を述べているのだ。
「よかったね。犯人が見つかって。少しは〈 未練 〉は晴らすことはできたかな?」
『 ーー…… 』
再び静かに頷く外牧さん。
僕は「よかったね」と呟くと、電車に跳ねられ潰れた方にかけられた髪を指で梳いて見えるように露出させた。
“驚いたような目が僕を見つめ返している”
「うん。怪我も治ってる」
『ーーっ、!?』
「事件や事故に囚われていた魂が、〈 未練 〉から解放されて生前の姿を取り戻すことはよくあることなんだ。古城さんも同じだった」
『ーー……(コクコク)』
自分の顔が戻っていることに驚き、外牧さんは自身の顔をペタペタと触れながら確認する。
怪我どころか血の跡もない。
服も破れや汚れもなく、おろしたての綺麗な状態だった。
生きていた頃の姿そのままに、《 外牧鈿女 》はそこにいた。
『 っ……! 』
ポロポロと涙を零し、手を握り何度も頭を下げる外牧さん。
声は聞こえないが、きっと溢れ出たたくさんの「ありがとう」が声の聞こえないと分かっていても口をついて出るのだろう。
「お疲れ様、外牧さん。よく頑張ったね」
『 ーー…… 』
手を取り、真実まで辿り着いた外牧さんを労うと、じわりと手から温かさが広がり、ぼんやりと身体が光り始めた。
まるで、蛍がいっせいに飛び立つように外牧さんの身体から光の玉が抜け、身体が薄らいでいく。
僕はこれを知ってる。
これを何度と見たことがある。
これはそう……〈 成仏 〉する人に見られる現象だ。
「もう、〈 思い残すこと 〉はないかい?」
『 ーー…… 』
『 ーー…… 』
少し考えた仕草を見せた外牧さんは、古城さんに目を向けると二三言話しかける。
古城さんは静かに頷くと、僕から少し離れた。
離れた感覚に少し気を取られていると、突然、トンッ!と胸に衝撃を感じた。
驚いて目を向けると、胸に外牧さんが飛び込んでいた。
初めて僕の部屋に来た時のように胸にしがみついて僕を見上げている。
あの時はその笑みにとても恐ろしさを感じたが、今の外牧さんの笑顔はとても美しく感じた。
『 あ・り・が・と・う 』
「うん。どういたしまして。君に会えてよかったよ」
『 ーー…… 』
泣き笑いの顔でゆっくりと、はっきりと相手に伝えるように呟いた言葉。
確かに僕の胸に届いた言葉にこちらも答えると、それを最後に……外牧さんは……ぱっと光の粒子となって胸の中から消えた……。
「 …………こちらこそ、ありがとう 」
消えた光へ僕も頷き返すと、古城さんに振り返り肩を叩く。
「僕らも行こうか」
『 ーー…… 』
古城さんを肩に乗せると、部屋を出ようと踵を返す。
ノブに手をかけ、今一度外牧さんが座っていた場所を眺めると、電気を消して静かに部屋を退出した……。
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