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八尺さんの触り方は決して「淫らな」ものではなく、もっと優しい心の籠ったものだった。
まるで、身体に着いたホコリを優しく払うように触れていたのだ。
さらに、八尺さんが触れた場所はどこかキラキラとしていて、シルクのベールに包まれているようにも見えた。
真木さんの身体を八尺さんが触れることで、保護膜のようなもので包んでいるのだろうか?
見たモノをそのまま灰塚たちに伝えると、灰塚は自分なりの解釈を述べる。
「マーキングのようなものね。目印をつけることで、他の霊が手出しをできないようにしていたのでしょう。この霊は強い念を持っているようだし、簡単には手出しができなくなると思うわ」
「なるほどね。それじゃあ、長く側に居たのは本当にただ見守っていただけだったんだね」
「そうなるわね」
「…………」
僕らの見解に真木さんは少し不満げな様子で頬を膨らませると、八尺さんを見上げる。
「……わ、私も八尺さん、見たい!」
《 ー……? 》
「え?」
「だって、勘違いで突っぱねていた私を、陰ながらずっと護ってくれてたってことでしょ?それって、すごく申し訳ないというか……せめて、面と向かって感謝の気持ちを伝えたいよ!」
《 っ……! 》
「…………え?目の前にいるんだから伝えればいいじゃん」
「空虚に叫んでも意味ないでしょ!バカ!」
「バカと言われてしまった…」
「ふふ……。言わんとする事は分かるわ。ちゃんと相手のことを認識した上でお礼を言いたいのよね。人でいうところの、直接会って話をした方が誠意が伝わるというところかしら」
「そう!八尺さんにちゃんとお礼を言いたいんだよ!」
「え……いや、だから目の前に」
「私に霊は見えないんだよ!」
「え?……………あ、そうかそうか。なんか、霊が視えるのが当たり前すぎて、感覚がおかしくなってるな」
怒りを露わにした真木さんに、ポリポリと頬をかいて苦笑を浮かべる。
何か分かりやすい方法はないかと、真木さんに微笑む八尺さんを眺めてふと妙案を思いついた。
「そうだ。どうせ見えないなら、視界を閉じればいいじゃん」
「え?ちょ、なに?」
視覚を奪うように、近くのタオルで目隠しをしてしまう。
「ちょっと!見えないことを相談してるのに、これじゃあ意味がないじゃない!」
静かに……と、僕は真木さんの口に指を当てて口を噤ませる。
「八尺さん。いつもみたいに触れてもらえるかな?」
《 ーー……(こくり) 》
八尺さんに目配せをすると、恐る恐る壊れ物に触れるようにそっと真木さんの頬に手を触れる……。
「あ……」
八尺さんの手の感触を感じたのか、真木さんは触れられた手に手を重ねる。
そのままその手の線をなぞるように八尺さんの手を両手で触れていく……。
《 っ……(モジモジ) 》
真木さんの優しすぎる触り方があまりにくすぐったいのか、八尺さんはモジモジと身を捩ってむず痒さに耐えていた。
「あ、確かに大きいね。八尺さんの意味がわかった」
「うん。二メートルは超えてるからね。やっぱり怖い?」
「うんん。大きくて、柔らかくてなんだか包まれてるみたいで安心するよ……」
《 ーーっ! 》
お母さんみたい、と手に頬擦りをする真木さんに八尺さんは頬を目を丸めると、今にも泣きそうな顔で真木さんを見つめ返した。
いや……もう、その目にはポロポロと涙が浮かんでは零れていた。
「嬉しそうだ」
「えぇ。私も見えないけど、柔らかで温かい気が生明の側に寄り添っているわ。もう、守護霊となんら変わりないわね」
「そうだね」
僕は頷くと、真木さんの手を取って八尺さんの頬に触れさせる。
その濡れた感触を感じて、泣いていることを知った真木さんは息を呑むと、ただ何度も「ありがとう」とだけ繰り返すのだった。
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