六章

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「そっか。じゃあ俺はデスクに戻ってるよ。何かあればいつでも頼っていいからね、飛鳥ちゃん」 「ありがとうございます」 素直にお礼を言う飛鳥に苛つきながら、エレベーターのドアが開いたので二人で乗り込んだ。 飛鳥の手から台車を奪うと、大げさに溜息を溢す。 「何度も言ってるけど、これ、お前の仕事じゃないよね」 「そうだけど、手伝ってくれないかって言われたらそりゃ手伝うよ」 「今月末までの月次レポートは?まだだろ」 「そうだけど…総務部の人も忙しそうだったし、これくらい大丈夫だよ」 「それはあくまでも自分の仕事に目処が立ったら。なんでも引き受けるから帰りが遅くなるんだろ」 「…そうだね」 普段とは雰囲気の違う彼女に説教しながら、何故今日はいつもと様子が違うのかを考えていた。俺への態度だけじゃない。 今日はいつも以上にお洒落をしている。 あの朝倉さんへの表情はその答えを簡単に導き出せるのに、脳がそれを拒否していた。 エレベーターのドアが開いて、台車を押しながら降りた。 「椎名君、ありがとう。助かる」 「いえ。それよりも無理な業務は断れよ。少し見ればわかるんだよ、飛鳥を利用しようとしている奴らの魂胆が」 「そうかなぁ」 呑気な声を出す飛鳥に今日何度目かわからないくらいの溜息を吐いた。
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